真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

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カラス


母との距離を置いて、
自分自身に『合掌』のできる気持ちに変わると、
また展示会の話が舞い込み、
毎日毎日、出店する作品造りの作業に追われました。

自宅に見える相談者の新規の方が増えたり、
インターネットでのメール相談に至っては、
毎日のように仕事が入り、
二歳児の世話をしながらミシンに向かい、
子供の昼寝の時間にはメール相談に答えるという、
忙しい日々を送りました。

忙しい私に向かって、
娘が『すごく怖い夢を見た』と言ったのは、三月の初めの頃のことでした。

『夢の中でバイト先の本屋のレジに立っていたら、
花を届けてほしいというお客さんがやってきたので、
花?どこにですか?と訪ねたら、
畑に決まってるでしょ!と怒鳴られて目が覚めたの。
すごく気味が悪かった。』
と言ったのです。

畑に花を届けるというその夢の内容を聞き、
真っ先に浮かんだのは、
実家の向かいにある、本家の畑のイメージでした。

そういえばもうすぐお彼岸だなと思いつつ、
一瞬ゾッとしたものの、
忙しい日々の中でそれを無視して働いていると、
今度は妹から電話がかかってきて、

『すごく怖い夢を見たよ、
夢の中で、電話でうちに大量のまんじゅうと焼き鳥の注文が入って、
お地蔵様の仏壇に紙包みが置いてあったから、
なんだろうと思って裏を見たの。
そしたらお墓の絵が描いてあって。
お墓の絵を見てゾッとして、
しかもその紙包みを開けたら、中からお線香が出てきて。
そこで目が覚めたの。
ね、お彼岸最後の日だけど、今日お墓参りに行かない?』

と、墓参りに誘われたのです。

「絶対、まんじゅう買ってこいってことなんだよ」

と妹が言い、

『花も注文入ったみたいだから』と私も言い、
お花とお饅頭、そしてお線香を持って、
本家のお墓に向かいました。

「でも、焼鳥も一本注文入ったんだよなぁ。
焼き鳥はどうする?」

と妹に訊かれたものの、
わざわざ焼き鳥を買う為に、
スーパーマーケットに寄る事を面倒に思った私は、

「焼き鳥は諦めてもらおう。
お饅頭だけでいいでしょ」と答えると、
妹も頷いたので、お饅頭やさんの前から車を発進しました。

すると、ガガッと音がして、
私達を乗せた妹の車が、縁石に擦り上げてしまったのです。

「うわぁ、焼き鳥買わないって言ったからだ、
祟りだ、先祖の人が、焼き鳥注文した人が怒ったんだぁ!」

と慌てる妹をなだめつつ、お墓に向かいました。

墓場に着くと、誰もいないのにざわざわとしていて、
連れてきた愛犬が車から飛び降りて、
そこら中に吠え立てながら走り回りました。

人がいなければ決して吠えないうちの犬を見て、
「…誰に吠えてるの…?」と妹も訝しがりながらも、
水を汲み、まずは本家の墓石の前に立ちました。

本家の墓前に花と線香を手向けて手を合わせ、
まんじゅうを備えると、
今度は実家の隣家の伯母の、
例の、死産した水子の墓前へと移動しました。

墓石に掘られた、子供の命日を見た妹が、
「昭和48年12月」と声に出して読み上げ、
「あれ?お姉ちゃんの誕生日は?」と尋ねてきたので、
「昭和46年12月」と答えました。

「そうなんだ、同じ月だったんだね。
それは、お姉ちゃんの誕生日が来るたびに、
伯母さんにとってはこの悲しい出来事を思い出す月でしかなかったのに、
お姉ちゃんが三歳になれば、生きていたら一歳、
生きていたら二歳と数えながら…
うちのお母さんを恨んだんだね。あとお姉ちゃんのことも。」

と言いました。

更にいうなら、妹の誕生日もまた12月なのです。

妹が誕生した時には、
この子は亡くなってちょうど五年目、
五年目の同じ12月に、伯母にとっては義妹にあたる母が、
隣家で子供を産んだのですから、
今現在、母と伯母が隣同士に住みながらこの上なく憎み合っている原因は、
ひとつずつ少しずつ、積み重ねられてきたのに違いないと思いました。

この子供はただ死んだだけなのではなく、
祖母が毎朝早朝から伯母の家に通い詰め、
『この家と土地をくれてやったのはこのオレだ』と恩着せがましく押し付けて、
伯母は『おばあちゃんのストレスでお腹の子供は死んだ』と言っていたのです。

そして死産した子供を伯母に内緒のまま、
祖母は勝手に墓を掘り返して赤ん坊を埋め、
伯母は死産だったことも知らされないまま、
なぜ赤ちゃんの顔を見せてもらえないのかと不思議に思いながら、
入院生活を続けたのです。

「それに対してお母さんといえば、
おばあちゃんが勝手にやったのよ、
私は知らない、私には関係ないわよ、なんなのよ?!
って食ってかかってくるばっかりで、
とにかく関係ないの一点張りだったんだよ」

と私は墓前で妹に答えました。

「お母さんならそう言うね、
おばさんにしてみればお前ら母娘だろ、
連帯責任だぐらいに思ってるのにね。
お姉ちゃんもついでに恨まれたに違いないね」と妹は答え、
私たちは墓前で深くお辞儀をしながら手を合わせたのです。

『全ては因果の法則通りに起きたことなのだ』と思いながら、
次に、本家のまた上の本家の墓前へと移動しました。

そこは、母たち兄妹が分け与えられた土地の、
大元を所有していた、祖父の両親、その兄弟たちの墓で、
大きな敷地にはいくつもの墓石が建てられ、
お地蔵様も祀られていました。

本家の墓と水子の墓とは雰囲気がガラリと変わり、
その墓前はざわざわと賑わっているように感じました。

「ここにみんな集まってる」と感じた私は、
妹と二人で、墓前で般若心経を読みました。

目を閉じると、古い大きな家の居間に大勢の先祖たちが集まっていて、
ちゃぶ台の上には大量のまんじゅうとお茶が置いてあり、
爺さん婆さんおじさんおばさん、その周りにはパタパタと、
子どもたちが走り回ってる様子が浮かびました。
みんな飢えていて、まんじゅうとお茶をガツガツと飲み食いしながら、
私と妹の読経に耳を傾けていました。

『死んだら仏様になるというのは嘘なんだ、
生きているときと同じ、その延長に死後の世界は続いてる、
次元が移動するだけで、この人たちは生きていたときとあまり変わっていない』

と感じながら、読経しました。

全てをすっかりと終え、
妹が『本家のお墓に備えたお饅頭回収してくるから先に行ってて!』と言うので、
息子と犬と、先に車に戻っていると、
妹が、『お姉ちゃん、怖いよぉ!』と言いながら走ってきたのです。

「お饅頭がひとつもなかった、一つも残ってなかったの、
全部食われた!」

と妹が言うので、「なに?!先祖に?!」
と驚いて答えると、

「いや、カラスに。」

と妹が答えたので、
「なんだ、カラスか」と笑ったものの、

飢えた先祖たちがカラスに姿を借りて一斉に饅頭に群がる様子を、
妹と私は言葉もなく、否応なしにリアルに想像してしまったのです。

頭上にはカラスが飛び回り、
人っ子一人いない墓場には、
夕闇が迫ろうとしていました。

ふいに、「水子を掘り返すために、
もう一回墓を開けるのは本当に嫌だった」と言った、
本家の伯父の言葉を思い出しました。

「日が傾く前に帰ろう」と退散した車の中で、
「焼き鳥のこともう諦めたかな?」という妹の呟きに笑いながら、
私たちは、お彼岸の大切な仕事を終えたのです。

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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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☆サイト『ココナラ』さんでもメール相談を受け付けています☆

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