真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

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ゲームオーバー


母が退院すると、
あっという間に年が明け、
毎年恒例の『正月問題』が私の心を悩ませました。

母は、私と夫を正月になると家に呼び、
その日になると、
『悪いけど会いたくない、気分が乗らない』などと言い、
自分から呼んだにも関わらず、
まるでこちらが頭を下げて無理に押しかけようとしたかのように、
迷惑そうな態度でドタキャンしてくるという、
不可解で不愉快な仕打ちを向けてくるので、

いつの頃からか私は、
早々にその『イベント』を先回りして想定するようになり、
イライラと、落ち着きのない年末を過ごすようになったのです。

夫からは『実家に挨拶に行かなくていいのか?』と、
どう返答すればよいのかもわからない質問で急かさせるし、
私は毎年毎年、正月になると、
母親と夫の間に板挟みにされるので、
夏が終わり、秋の風が吹き始める頃になると、
そのことを思い始めては、心を煩わせるようになったのです。

しかし、母の入院をきっかけにして、
私の中である閃きが起こり、
今年の正月には、私の家に、
両親と、妹夫婦を全員招待することにしました。

母が正月になると私に意地悪をしたのは、
ただ、私と母の関係がそのような質を持っていたことと、
それが私のカルマだったこと、
そして、それを知りながら救いの手を差し伸べない父は、
関係のないふりをしながら、
私と母との三人で巻き起こす『ゲーム』にしっかりと参加して、
私が傷つくのを見て愉しんでいたのだということを、
私はとっくに意識に上げ、受け入れてしまったのです。

知ってしまった以上、
『ゲームオーバー』というもので、
このゲームをやめる為に、私は形を土台から変えることにしました。

うちにやってきた両親は、
楽しむというよりは、そわそわと落ち着きのないように見えたものの、
『もう世代交代なのよね』などと言いながら、
二時間程すると、そそくさと帰って行きました。

その代わり、単身赴任だったことなどでタイミングを外し、
なかなか対面できずにいた夫と、
妹のパートナーが顔を合わせる良いきっかけとなり、
その日の終わりには夫が『みんなでラーメン食べに行こう』と言い出し、
私の家族と妹の家族とで、近所のラーメン屋さんに行き、
『明日は初詣に行こう』という約束までして、
楽しい一日を過ごすことになったのです。

翌日、夫の運転でみんなで初詣に向かう車の中で、
私は初めて『こんなに楽しいお正月は初めてだ』と思いました。

私の中にこれまで長い間、
妹と許しあえない拘りがあったのだということにも気付いたものの、
母が常に、私と妹の間に割り込み、
私と妹が『憎しみ』を間に挟むように仕向けていたのだ、
ということにも気が付きました。

私と妹が仲良くしている姿を見ると母がよく、
『あんたたちが仲良くしているのを見ると、
私、面白くないのよ』と言ったのを思い出しました。

母が正月に私と夫を呼び、
当日になりドタキャンして、妹夫婦だけを家に入れたことや、
妹夫婦が何か大きな買い物をする時にだけお金を支援して、
『あの子達に70万出してやったのよ』と、
わざわざ私に報告してきたこと、
私が夫と、家や車などの買い物をする時には、
『あんたにはしっかりした旦那がついてるからいいでしょ?
私、お金ないのよ』と、
頼んでもいないのに拒絶してきたり、
私が夫や子供達と家族旅行に出掛けると、
『面白くないからそんな話しないで』と嫉妬を向けてきたことなどが、
一気に、私の脳裏を駆け巡りました。

今更のことですが、
母親なら誰でも実の娘を無条件に愛するというのは、
都合の良い夢物語で、幻想でしかないのです。

私は両親の期待を裏切り、
妹家族と両親抜きで付き合うようになりました。
こんなに簡単なことができずにいたのは何故なのかと考えた時、
隣近所に住みながら、
口をきく事すらないままでいる、
母の兄弟関係のことが浮かびました。

そうして、母とその兄弟たちが今のような関係になったのも、
もしかしたら、親がそうなるように手を貸したのではないかと、
代々そういう負の連鎖の中を生きてきたのではないかと、
繋がったのです。

二月に入ると父から、
『お母さんとはもう暮らせない、北海道に帰ります。
お父さんには居場所がありません』
という連絡が入りました。

北海道では二人仲良く一緒に寝ているとまで言っていたのに、
やはり、あの因縁の土地では、
古い想念の鎖に、両親は囚われ、
負けてしまったのだと思いました。

そして『居場所がない』と言い続けながら、
どこにも心を落ち着かせずにいる父は、
自分の愛される場所、認められる場所がどこにもないと、
私が子供の頃か、
またはそれよりももっともっと早い段階から彷徨い続けていて、

それはまた、母も同じなのだと思ったのです。



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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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