真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

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自己否定


『自由になりたい』と強く意識するようになった私は、
自分がまだまだ不自由なのだということがわかるばかりで、
ここからどう進めばよいのか、全く行き詰まってしまいました。

しかしこういう時には『考え』で蓋をするのではなく、
ここですべてが終わりなら、それはそれで良しと諦めて、
何も考えずに過ごす方がかえって閃くものと、
次男とボール遊びをしたりコムギ粘土で遊んだり、
絵を描いたり折り紙を折ったりして、毎日を過ごしました。

すると、出産してからしばらくなかった、
展示会の出店の話が飛び込んできました。

その日から二週間以内に、
なるべくたくさんの作品を作らなければならなくなった私は、
『考える』暇さえなくなり、家事さえもおざなりにして、
次男と遊ぶこともできなくなり、
毎日毎日、ミシンに向かうようになりました。

同じ頃、自分の身体のある不調に気付くようになりました。
久しぶりの仕事に追われたストレスからか、
喉の奥の方に違和感を感じるようになり、
ものを飲み込むたびに、
何かが喉の奥に引っかかっているような感じがして、
もしかしたら何か大変な病気の始まりなのかと、
不安にもなったのです。

しかし、妹のチョコレート嚢腫を感じたのと同じ感覚で、
『何か言わなければならないことが、
自分の中から出始めているだけだ』
ともはっきりと感じていた私は、
そのまま喉の違和感のことは誰にも言わずに、
黙ってミシンに向かいながら様子を見ることにしました。

同時に、耳の奥の激通も、
度々感じるようになり始めました。
喉の違和感とは違い、それは瞬間的な痛みで、
時々ふいに痛んでは、消えていくのでした。

その痛みに関しても、
『何か聞きたくないことに気付くときが近付いている』のだと、
やはりはっきりと確信を抱いていた私は、
その耳の痛みのことも誰にも話さず、
放置しておくことにしたのです。

そして、風呂に入ることも食事を取ることも度々忘れながら、
締切の前日まで、寝る時間も惜しみながら仕事を続け、
いよいよ荷物をまとめて、搬入するだけになった晩、
やっとストレスから開放された私は、
久しぶりに、オラクルカードを一枚引きました。

そして『奇跡』というそのカードに、
『今は危機的な病状から脱するところ』という、
健康問題に関するメッセージの書かれているのを読んだ瞬間に、

突然私の喉が激しく締め付けられ、
熱い石の塊のようなものが胸の奥から喉を伝ってこみ上げてきて、
あまりの苦しさと痛みに、呼吸すら出来なくなってしまったのです。

布団に横たわっていた体を起こして、
なんとかゆっくりと呼吸してみても、
その痛みはなかなか治まらず、熱い塊の消える気配はありませんでした。
それでもゆっくりゆっくりと呼吸して、
元の、喉の奥の違和感だけに戻ると、
あまりの疲れに、その晩はとても深く眠り込んでしまいました。

リアルな夢を見て目が覚めたのは、
普段起床する時間よりも二時間も早い、
翌朝の明け方のことでした。

夢の中で、

猛吹雪の中を、大きな雪玉が、
強風に煽られてゴロゴロと転がる中に、
葉のない、枝ばかりの木が何本も立っていて、
その木の根本に私自身が、
ロープで手足を縛り付けられた状態で横たわっていました。

それは20年近く前の、
ちょうど、赤ん坊を中絶した後の、
髪を金髪に近いほど明るく染めて、虚ろな目をして、
不気味な笑顔を浮かべながら、
自分以外の誰かになろうと躍起になっていた、
『昔の自分』だったのです。

その私が猛吹雪の中で私に向かい、

『自分を肯定しろ!!』

と叫んでいるのです。

『自分を肯定しろ!』

『自分を肯定しろ!!』


そこで目が覚めて、
涙がいく筋も頬を流れました。

そのまま感情がワッと湧き上がり、
嗚咽をあげて泣きました。

ひと通り泣き終わると、その夢のメッセージを、
深く理解しました。

お寺が移転する前、
最後にお寺に出掛けたときに、
師匠が私に言ったこと、

『もう、周りにはひどいことをしてくる人はいないのに、
なぜいつまでもそこにいるのですか?
そこにいつまでも居たい理由は、何なのですか?』

それを言われたときには、
暗い気持ちがするばかりで、
『そこ』がどこなのかは全くわからずにいたのです。

しかしあの日、師匠には、
誰もいない、猛吹雪の世界で、
私自身がロープにくくりつけられたままの姿で、
そこに好き好んで居続けているビジョンが、

私が夢の中ではっきりと見た、
私自身の作り出した心の世界が、

『視えて』いたのだと思いました。

そしてその世界は、

『自己否定』という名前の、
とても孤独な世界だったのです。


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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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