真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]

オレンジジュース


八月の、花火の賑やかな季節の過ぎた頃、
OSHO禅タロットの恩師が旅立たれたという、
哀しい知らせが入りました。

妹と二人で告別式へ出掛けると、
そこには恩師の抜け殻だけが横たわっていました。

不思議と悲しい気持ちは全く感じないまま、
式場を後にして家に帰ると、
翌日、開け放した自宅の窓から一匹の蝶が舞い込み、
部屋の中を軽く一周するとまた出て行きました。

その蝶を見て、
恩師は『自由になった』のだと思いました。
痛みから開放されて、自由な存在になったのだと強く感じたのです。

そして、私も後に続きたいと思いました。
彼女の生き方を見せてもらい、
それをモデルにして、私も自由になりたいと思いました。

そんなふうにこの夏の出来事に思いを馳せながら過ごしていると、
ある日、オレンジジュースを飲んでいた二歳の次男が、
「黄色いジュース」と言いながら、
自分の飲んでいるジュースを私に見せてきました。
二歳の誕生日を迎えて、お喋りがだいぶできるようになった息子は、
物の名称や色を言葉にすることが、
楽しくて仕方ないようなのです。

黄色いジュース、と言われた私は、
「これはオレンジジュースよ」
と教えました。
しかし息子はまた「黄色いジュース」と繰り返しました。
「黄色いジュースじゃなくて、オレンジジュースっていうの。」
とまた私が訂正すると、
「オレンジ…じゃない、黄色!」
と、今度は強く訴えてきたのです。

ぼんやりと考え事をしながら、
それまでなんとなく息子の相手をしていた私は、
ハッとして、そのジュースを改めて見つめてみました。

すると、たしかにそのジュースの色は、
オレンジ色ではなくて黄色をしていたのです。

「ほんとだ、黄色い。
黄色いジュースだね?」

私は生まれて初めてオレンジジュースを見た人間のような、
不思議な気持ちになりました。
オレンジジュースという言葉に長年縛られていた私は、
すべてのオレンジジュースが、オレンジ色をしていると、
いつの間にか思い込んでいたのです。

テーブルの上にある、目の前に置かれたオレンジジュースは、
オレンジ色ではなく黄色いジュースだったのに、
息子に指摘されるまで、オレンジ色に見えていたのです。

「これが思い込みの世界で色眼鏡をかけた状態の人間の判断なんだ、
このジュースは黄色いよ!どうしてこんなことがわからなかったのか、
思い込みの世界から出ることが自由への入り口なんだ、
思い込みに囚われずに物事をありのままに見ることができるようになりたい」

と私は思いました。
そして、その瞬間に、
二歳の息子と、母親である私の立場は完全に入れ代わったのだと感じました。
私は、二歳の息子から、
目の前にあるジュースの色を教えられたのです。

その出来事が起きてから、
日常での些細なトラブルの起きたときや、
夫の機嫌の悪い時などに、
その物事の背景が、一層細かく視えるようになり始めました。
何かが変わったわけではなく、
これまでは気付かなかったことに、
ただ、気付くようになったのです。

ですから「どうして私ばかりがこんな目に合うの?」
というような、理不尽な世界に対する疑問や怒りは、
湧かなくなりました。
理不尽なように見えていただけで、
世界はある『一定の法則の元』に動いているだけなのだということが、
事実として目の前に展開されていただけだったのです。

細部を見れば、すべてのことに繊細な理由が隠れていて、
必ず原因があるのだということを、
日常生活の中で実感するばかりになりました。

そんなある日、
妹の家に出掛け、お地蔵様の前で二人で般若心経を唱えていると、
妹の子宮のあたりに、赤いような茶色いような、
小さな玉が浮かんで視えました。

読経の後、
「これまでの苦労が赤茶色の玉になって、
あとは捨てるだけにまとまっているから、病院で診てもらって。
もし本当に何かの病気だったら、ホメオパシーで治して。」
と妹に告げると、

後日、「婦人科で診てもらったらチョコレート嚢腫が卵巣にできてたの。
こんなに小さいのにどうしてわかったのかと聞かれたから、
姉に予言されたので来ましたって答えたよ!」
と、妹から報告があったのです。

オレンジジュースをオレンジ色と思いこんでいるところから出ることができれば、
自分や家族に災いの起こる前に気付くことができる、
そういう能力が人間の誰もに備わっているのだと思いました。

大切なのは細部をよく見ること、
起きた出来事や他人の発した言葉の意味、
自分の心や他人の心を、くるくる回して、
多面的に観察することなのだとわかったのです。

スポンサーサイト

  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


comment


 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

個人セッションのお申し込みはコチラまでメールにてお願いいたします。
facebookはコチラ

☆サイト『ココナラ』さんでもメール相談を受け付けています☆

最新トラックバック

カテゴリ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

かんのんいんカウンター

« 2017 11  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR



.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。