真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

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夢で夫の無意識の想いをキャッチできた私は、
それから夫と衝突することがなくなりました。

これまで、夫の体を労ることのできなかった私が、
夫の体調不良に気づくようになり、
夫のお腹や背中がとても冷え切っていることにも気付くようになりました。

夫の機嫌が悪くなり、
怒りの矛先が私に向かうと、
両親に力でに支配されていた時のトラウマが蘇り、

夫の不調に気付くどころか、
夫から攻撃されないようにと私自身が防御体制に入り、
これまでは真実が見えなかっただけなのだと思い知りました。

「思い込みの色眼鏡が外れたんだ」

と私は自分を理解しました。

すると私は、
また夢を見たのです。


夢の中での私は病院にいて、
自分に割り当てられた赤ん坊の世話をしに、
その子の元へと向かっているところでした。

「この部屋だ」と私は、
その部屋のドアを開けました。

小児科病棟らしく、
部屋の中にはぬいぐるみが並べられていて、
天井からはリボンで作られた金魚がぶら下がり、
「ここは怖い所ではなく楽しいところ」なのだと言わんばかりに、
壁には可愛らしいキャラクターを描いた楽しげな色紙が、
貼りめぐらされていました。

しかしその部屋のベッドに寝かされた赤ん坊を見て、
私はギョッとしました。

包帯で足をぐるぐる巻にされた赤ん坊が、
重いギプスで固められて、
ぐったりと寝かされていたのです。

恐る恐る抱き上げると赤ん坊は、
気味の悪いくらいにずっしりと重く、
その重みに驚いて力を緩めると、
ギブスで固められた足が反対側に折れ曲がり、
そこへ医者が飛び込んで来てこう言いました。

「そんな風にしたらせっかく手術したのに、
またやり直しになる、
あんたにその子の面倒を看ることができるの?
そんなに若くて何も知らないような顔をして」

自分を軽蔑するかのような医者にそう言われ、
私は赤ん坊を置き去りにして、
足早に病室を出ていきました。

そして、
「あんな子、私には受け止めきれない、
あんな世界は私の知らない世界、
見たこともないし、わからない。
こんなはずじゃなかったのに」

と思いながら病院を抜け出し、
二度とあの病室には戻りたくないと、
街の雑踏の中へ、
自分の居場所を求めて、紛れ込んで行ったのです。

次の瞬間、今度は、
私の意識は置いて行かれた赤ん坊の中へと入り込んでいました。

「捨てられた」と、
赤ん坊の方の立場の私は絶望しました。

こんなに怖いところで、
手術を受けたばかりの足も痛み、
私の面倒を見てくれるはずの人は逃げたのです。

残されたのは天井からぶら下がる嘘の金魚と、
嘘の友達のぬいぐるみ、
本当は楽しくない場所を楽しいところと思い込ませるための、
壁に貼られた楽しげな絵、
それらが全部冷たい他人の顔をして、
私の孤独と恐怖を煽り、

私は絶望したのです。

また次の瞬間、
全てが消えて、四年前に亡くなった、夫の母が現れました。

「本当に後悔しているのは、
あの子を置いていったこと」

と、夫の母は言いました。

そこで、目が覚めたのです。


その日は妹の家に行く日でしたので、
私はその夢の内容を、妹に話すことにしました。

「パパのお母さんが最後に出てきてね、
本当に後悔しているのはあの子を置いていったこと、
と言ったんだ。
パパは双子で生まれたでしょ、
でもパパの方はすごく小さくて仮死状態で生まれたので、
先生に『この子は諦めください』と言われたんだって。
それでパパのことは置いて、
お義姉さんだけを連れて帰ったらしいのね。
それはお義母さんから何度も聞いてたの。
でもそのことを後悔してるなんて、
生きている間にお義母さんは一度も言わなかった。
いつも私に言っていたのは、
あの子にだけ厳しくしつけたことを後悔してるって、
最後、口が回らなくなるまでそれを繰り返して泣いてたの。」

と妹に話すと、
妹は涙を滲ませながら、

「パパとお姉ちゃんは同じだったってことじゃん、
お姉ちゃんはこの人生でパートナーのことは諦めてたけど、
そんなに深い、同じ傷を通じて、
パパとお姉ちゃんは繋がっていたんだね。
よかったね!」

と言ったのです。

私が夫を嫌っていたのは、
夫の傷を直視することがそのまま、
自分の傷を直視することと同じことだったので、
私は夫の傷を、見ないように見ないようにと、
していただけのことに過ぎなかったのだと思いました。

そして、夫の母が、
小さな、新生児だった自分の息子を置いて帰ったのには、
医者からの指示に従った為だけなのではなく、

死にゆく自分の赤ん坊を直視することを、
受け入れることができなかったからなのだと理解しました。

また、私が最初の手術を受けて、
病院のベッドに横たわっているのを見た母が、
ほんの二十歳かそこらの若い娘だったこと、
こんなはずじゃなかったと逃げ出したくなったことも、
受け入れることができたのです。

「だけど私は赤ちゃんだった。
足を切られてぐるぐる巻にされて、
何が起きているのか理解できずに、
只々、怖いだけだった。
お母さんに、そばにいてもらいたかった」

私は最後にそう思い、
夢の続きを、丁寧にイメージしました。

そして、赤ちゃんのベッドに一緒に入って、
ギブスで固められた足をさすりながら、

自分を抱きしめて、
眠ったのです。


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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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