真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

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逃げ道


足の具合が良くなっていくと共に、
夫の機嫌が毎日のように悪くなり、
短気を起こし理不尽な言葉の暴力や行動で、
私と娘を脅かすようになりました。

「どうしてあんなに機嫌が悪いの?
夏だから?更年期?仕事がうまくいってないとか?
それともまさか、脳に何らかの病気が出たのかしら?」

夫が寝付くと、
私と娘は夫の言動について、
あれこれと分析しました。

しかし答えは一向にわからず、その前に、
私は夫の毎日の帰宅に怯えるようになり、
娘がついに、夫と激しくやりあってしまいました。

「パパなんてだいっきらい、
絶対に許さないから!」

とキレた娘に対し、夫は謝ることもなく、
苦々しい表情を浮かべて、
口の中でさらに暴言を吐いたのでした。

「もう無理だわ、
お母さんはよくあんな悪魔みたいなおじさんと結婚したよね、
私なら三日と保たなかったと思うわ」

その後娘はそう言い残し、
友達の家へ泊まってくると、家を空けました。

入れ替わりに、夏休みを迎えた息子が帰省してきて、
私は四ヶ月ぶりに息子の顔を見ることになりました。

毎日顔を突き合わせている娘とは違い、
一度家を出た息子は、
夫と衝突することもなく、
息子の帰省のお陰で家の中の空気が変わっていきました。

しかし、夫の短気が治ったわけではなく、
私が夫に気を遣う姿や、
娘が夫の発言にムッとしている姿を見て、
ある晩、息子が私に言いました。

「お母さん。もしどうしても無理なら、
離婚してもいいからね。
父さんのあの態度が、仕事のストレスか、
年のせいなのかはわからないけど、
そのせいで母さんが病気になるのだけは困るから。」

息子にそんなことを言われたのは初めてのことでした。

夫が次男の出産を反対した時でさえ、
息子は夫に、
「どうか母さんと離婚だけはしないで、
一緒に赤ちゃんを育ててやってよ」
と頼んだのです。

それを思うと、
夫の態度は息子から見ても目に余るものなのかと思い、
辛い気持ちになりました。

「でもね、なんとか大丈夫。
ここまで連れ添ったんだから、最後まで行けると思う」

と息子に答えると、

「それはさ、トリカブトの毒に触れるくらいなら、
腐りかけの卵を毎日食べるくらいは大丈夫、
というのと同じなんだよ。
母さんはあのひどい家で育ったから、
それに比べれば父さんは毒が少ないと感じてるだけ。
言っておくけど、腐りかけの卵だって、
毎日食べれば死ぬからね」

と、厳しい答えが返ってきたのです。

さらに、

「百頑張ろうとするのはダメだよ、
離婚してもなんとかなるから。
離婚しないんだったら、パパがキレても30でやめな。
40頑張ったところで、結局キレるんだから。
どっちにしてもキレるのは同じなんだから、30でやめな。
いい?そうしないと早死にするよ!」

という内容の電話が、
同じタイミングで妹からもかかってきました。

見かねた娘が妹に、うちの事情を話し、
妹に相談していたのです。

しかし、妹のアドバイスを聞いた息子は、

「30もやらなくていい。
ゼロにしな。じゃないと死ぬよ」

と言ったので、私はとても辛い気持ちになりました。
みんなが味方してくれるほどに、
辛い気持ちになったのです。


夢を見たのは、
夫と次男とショッピングに出かけて、
駐車場のことで揉めた日の翌日の明け方のことでした。

身体障害手帳は持っていないものの、
私は自分の車に障害者マークを貼り付け、
障害者スペースに車を停めて買い物をすることを日課としているのです。

杖をついても、一日に歩ける分量は決まっていて、
歩き過ぎると痛みが出てしまい、
日常生活がこなせなくなってしまう上、
今は次男を育てることに体力を奪われ、
余計に自分を守らなければ、それこそ早死にしそうな毎日なのです。

その日は夫が車を運転していて、
ショッピングモールの駐車場にたどり着いた夫に、
「そのままお店の前まで行って、障害者のスペースに駐車して頂けますか」
と私が案内をしたのです。

すると、夫の機嫌がみるみる悪くなっていくのがわかりました。
夫は私の指示には従わず、
店から離れたところに空いていた、
『健常者』のスペースに車を停めました。

「あの、モールの中もとても広いから、
せめて駐車場だけは近くにしてもらわないと、
私には歩ける距離ではないんだけど、ダメなのかな?
中を歩いて帰宅して、家事をする体力も残すとなると、
ここからお店までの距離が、私には命取りになるんだけど」

と夫に伝えると、

「お前は身体障害手帳は持ってないでしょ、
本物じゃないじゃん。俺は社会のルールは破りたくないの」

と機嫌の悪い答えが返ってきたのです。
そこで私が、

「そうなんだけど、市役所で、私のような場合には、
障害者マークを勝手に貼って、駐車場を使っていいと言ってくれたよね?
それにあそこにも書いてあるけど、
障害者手帳のある人だけではなくて、
妊婦さんや、怪我人も、今は使っていいことになってるの。
それに、あんなにたくさん障害者スペースが空いているから、
本物の人の迷惑にはならないと思うよ?」

と、夫にわかりやすいように説明すると、
その私の態度に更に腹を立てた夫は、

「じゃあここで待ってれば?俺一人で行ってくるから」

と、機嫌を損ね、
一人で車を降りて去って行ったのです。

取り残された私は唖然とするしかありませんでした。

一体何が気に入らなかったのか、
夫はやはり脳に病気があるのではないか?
私の足がこんな病気だから、夫は私に嫌悪感を抱いているのだろうか。
どちらにしても、
人生の伴侶が、他の誰よりも私に対して理解がなく、
優しさを向けてくれないなら、それを伴侶として私は幸せといえるのか、
子供時代が辛かったのに、後半もこれで良いのか、
情けなくなり、車の中で次男を抱いたまま、
私は一人で泣いたのです。

そして浮かんでくるのは、
事故で亡くなられた兄弟子様の奥様のことでした。

「私も死にたい。」

と思いました。

そういう楽な道がいつでも残されていて、
私は常に「死」に対して逃げ道を見出し続けていて、
それがあるからこれまで頑張ってこられたのだと、
ずっと死に憧れと理想を安らぎを感じ、懐き続けながら生きてきた、
そういう自分の想いに気が付いたのです。

「死んじゃいたい。死んでしまえば少なくとも、
駐車場のことでこんな気持ちになることからは、
逃げられる。
それに副住職様も、他にも待ってくれている人がいる」

と思いました。

私にはいつでも『死ぬ』という逃げ道がある、

そう思うと涙は止まり、
ここで泣いていても仕方がないと思えたのです。

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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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