真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

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体の変化


その晩、何気なく股関節の古傷を指でなぞりつつ、
娘と思い出話をしながら、
眠りにつこうとしていました。

娘が小学校四年生の時に、
小学校の高鉄棒から落下して、骨折をした時の話題になり、
娘もその時の手術の傷跡を触りながら、

「いつもここだけ冷えてるんだ。
今でも、ストレスが強くなったり、不安なことがあると、
ここが痺れたり感覚が冷たくなるの」

と言ったので、

「あの時の恐怖のままで細胞がいじけてフリーズしているのかもね」

と答えてから、

その入院の時に見舞いに来た、
当時の娘のクラスの受け持ちの先生のことを思い出していました。

「あの先生、あなたのお見舞いに来た時、
私が同室に泊まっているのを見て、あなたはいいねって言ったんだ。
そしていきなり自分の子供の頃の話をし始めて、
自分は喘息持ちだったから何度も入院させられたけど、
一人で入院するのが恐いと泣いたら、親に怒られた、
一人で入院できなくてどうするのって、泣いたら叱られた、
あなたはいいよね、お母さんが一緒にいてくれるんだからって、
なんだか途中から恨み言いい始めてさ。
この先生、恨み言いいに来たのかなって、
あの時本当は、ちょっと不愉快になったんだ」

と私がその時の思い出話をすると、

「え〜、先生そんなこと言った?
私はそんなの全然覚えてないや。」

と娘は答え、
娘は娘で、私の全く覚えていない方の、
その時のエピソードを語りました。

その後なんとなく、その担任教師へのイライラがぶり返し、
私はぼんやりと天井を見ながら、足の傷をなぞっていました。

子供の見舞いに来て自分の恨み言話す?
半ば、私たちを責めるような口調だった、

などと、遠い昔の日の出来事に、
とらわれてしまったのです。

しかし、同時に心の中にもやもやが広がり、
私はある、自分の中の拘りに気が付き、ハッとして、

「違う、あれは先生の言葉ではなくて、私の想いだった、
私だったんだ!」

と自分に向かって言いました。

足の傷を指でなぞりながらそのことを思い出していると、
それに重なり、自分の幼少期のトラウマに触れたのです。

「私、入院するときに親に置いて行かれたの。
三歳か、四歳だったと思うんだけど、
もう何度目かの手術だったから行くのが嫌で嫌で、
車の中でずっと吐いてた。
手術が恐くて、お母さんにそばにいてもらいたかったのに、
置いていかれたの。
それで、私を置いていったのに、お母さんはお父さんに、
せっかく都会まで出てきたんだし二人きりになったんだし、
ドライブして、美味しいものでも食べて帰ろうよって、
少しウキウキして、焼き肉かなんか食べて、デートしながら帰ったの。」

そこまで話すと涙が溢れて止まらなくなり、

「麻酔かけられて足を切られるあたしの気持ちなんか、
親にでさえ理解できなかったんだ、
結局自分じゃないからどうでもよかったんだよ。
一人で孤独で恐ろしかった。
切られるのは私なのに!誰も助けてくれなかった!
私のいない間に、焼き肉なんか食いやがって!」

と、後からあとから怒りと恐怖が湧き上がり、
体の震えるような思いがしたのです。

「あのさ、その思い出の中の焼き肉の部分は、
後付の妄想なの?それともちっちゃい時から霊視してたの?」

と娘に言われると、
確かに、それを知っていること自体に無理のある話のはずなのに、
「自分はそれを知っていた」という確信以外、ないのでした。

霊視などの類ではなく、
子供は何でも知っているのだと思いました。

子供は親の想いを、
なんでも知りつくしているのです。

不思議なことが起きたのは、その瞬間のことでした。

カサカサになり、常に突っ張っていた足の傷が、
その瞬間、水を得たようにプルンと柔らかくなり、
何か、温かい熱のようなエネルギーが、
腰から股関節を通り抜け、足先までを包み込んだのです。

すると、それまで冷え切っていた股関節周りの足の表面が、
傷と同じく、温かく熱を持ち、クッタリと柔らかくなりました。

それから、トクン、トクンと、
股関節に触れていた親指から、微かな脈打ちのような動きを感じたのです。

「何が起きたの?」

と私は娘に報告しました。

話を聞いた娘は、

「まさか、お母さんの親指が脈打ってるだけなんじゃない?
どれ、触らせてみなよ」

と半信半疑に私の足に手を触れましたが、

「ホントだ…お母さんのここ、固くなったゴムみたいだったのに。
肉になってる!」

と言いました。

長い間、娘の見舞いに来た担任教師のことを思い出す度に、
それが不愉快な出来事として消化できずにいたのですが、

私の中に、彼女と同類の傷があったので、
引き寄せあい、そして忘れることが出来なかったに過ぎなかったのです。

「あれは私だった」

と直視する勇気を持ち、
長年蓋をしてきた未解決の出来事をもう一度見直し、
感じないまま麻痺させてきた、自分自身の感情に入り込むことで、
体にまで変化が起きたのです。

「血が通ったのかな?」

と言いながら、
自分の足ではないような、
むしろ、やっと自分の足になったような、
不思議な触り心地の自分の体を撫ぜながら呟くと、

「いや…血は通ってたでしょ、生きてるんだし。
気が通ったんだよ、お母さん。ヒーリング成功だね、
このやり方でいいんじゃない?」

と答えて、娘は笑ったのです。




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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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