真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

祈り


両親を憎む、という苦しみを抱えながら生きてきた私が、
その宿題の答えを見つけることだけに専念した成果は、

「人は多面的である」

というひとつの答えを手に入れたこととなりました。


これは本で読んだ知識でも誰かに教えてもらったことでもなく、
自分でたどり着いた、私の答えなのです。


人の心は奥深く、複雑に多面的にできていて、
ほとんどの人が、
誰かを見るのにその一面しか認識していないのです。

その『一面』に、
自分にない『憧れ』を映し出し、
また、自分自身の欠点をそのまま映し出し、
人は人に幻想を抱き想いを寄せ、嫌悪するのです。

人が人を見る時に、
自分の姿をそのまま、
鏡のように映しだします。

でもそれは、その人のほんの一面に過ぎない、
ということが、私の救いとなりました。


もしも私が、
両親への憧れと憎しみの幻想を打破することができたら、

全く別の自分、そして両親が顔を出すのです。

世界にはどこまでもどこまでも奥行きがあり、
奥へ進めば進むほど、
光に満ちている、というイメージが浮かびました。


両親を赦す、ということは、

自分自身をゆるし、理解し愛することと、
直結しているのです。


夢に見た、子供を愛する余裕のなかった母、
即ち子供を愛せなかった自分自身を、
俯瞰的に見て理解し、許すこと、

また、子供よりもお金を選んだ父、
即ちそれを選んだ過去の自分を、赦すこと。

そこに集中していこうと、
ある意味、矛先を変えたのです。


すると、連絡の途絶えていた父からメールが送られてきました。

生後8か月になった次男に、

「なにか贈ろうと思うのですが何がいいですか」

という短いメールでした。

「うちにあった機関車トーマスのセットを、
まさかまた赤ちゃんが生まれるとは思わずに、
いつか誰かに全部あげてしまったので、
またひとつずつ集めようと思っています」

と返信すると、
数日後に、
父からプラレールのセットが贈られてきました。


父との関係も、
常にここからが始まりだと思いながら、
新しく築きなおそう、と思いました。

そして、
これまで決して見ようとしなかった、

父の他の面を見てから死にたいと、

新しい欲望が生まれました。


父は、本当はどんな人間なのだろう、
と考えてみました。

母の心の奥深い場所には、
どんな光が存在するのだろう、

と考えてみました。


人はみんな、一秒ごとに進化し、
成長しているのだと、
想像してみました。


そして、
こんなふうに想像し、未来に思いを馳せることを、


『祈り』と人は呼ぶのだろうか、

と思ったのです。



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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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