真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

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黒い血 


『黒い血を吐いた』という母の話を聞き、
ホメオパシーの『ラカシス』というレメディーの性質についての情報が、
私の脳裏に浮かびました。

黒い血といえばラカシスで、
ラカシスとは、
『自分は悪い人間ではない、
蛇のように嫌われる存在ではないとわかる』
というのがテーマの、嫉妬と罪悪感のレメディーなのです。

『ラカシスとは、嫉妬のレメディーです。
自分を他の人と比較されたり、自分の方が劣っている、
または優れていると判断されることによって、
子どもたちは自分に対しての無価値感と他の人への羨望を持ち始めます。
差別、比較、羨望にはラカシスが合います。
またラカシスは呪詛をかけられた人、霊的アタック、
魔法をかけられた人にも合うレメディーです。』

という、ラカシスの人の性質について書かれたホメオパシーの本には、
ラカシスの人の特徴として、

『◎左側全体が悪い
 ◎躁鬱性
 ◎血圧が高い
 ◎出血(どす黒い)
 ◎口八丁手八丁で楽しいが、疑い深く嫉妬深い
 ◎頭と口の回転が速くおしゃべり
 ◎復讐心が強い』

という性質も、挙げられているのです。

この全てが私にも母にも妹にも、
そして私の娘にもよく当てはまるのですが、

この性質に振り回されて、
自分を見失っていたとさえ思われる一番の人物はやはり、
母方の祖母、
母たち兄妹に土地を分け与えた張本人なのだと思いました。

『母は悪い血を吐き出したのだ』

と思いました。

母の吐き出した血が黒かったことには、
医学的にいくらでも説明がつくのだと思いますし、
そんなことを霊的なメッセージに当てはめようと思えば、
それもまた、都合のいいように思い込むことは、
いくらでも可能なことなのだとも思いました。

それでも、母が吐いた血が黒かった、
という情報が私の耳に入ったことだけをただ捉えると、
やはり母は、
『悪い血(因縁)を、自分の意志で吐き出したのだ』
としか思えないのでした。

ラカシスは、呪詛にかかっている人や、
霊的アタックにも合うレメディーとされていて、
たしかに、土地や先祖の悪い因縁を受け継いでいる私たちに、
大変よく合うレメディーなのです。

私自身、ホメオパシーの相談会にかかり始めてから最初の三年間は、
これでもかというくらい、
だんだんポーテンシーを高くしたラカシスを、
何度も何度も、ホメオパスから処方されました。

ラカシスを飲みながら、
藪の中から蛇が何匹も何匹も這い出してくる夢や、
実家の前にある、本家の畑から、
蛇の頭をいくつも持った、ヤマタノオロチのような、
恐ろしい生き物が自分に向かって這い出してくる悪夢も見て、
うなされ続けました。

『ラカシスはしつこいの。蛇はとてもしつこいのよ』

と、ホメオパスも言っていた通り、
その夢を見終わることなど、
永遠にないかのようにさえ思われたものでした。

実家に観音様の入った年の正月の初夢では、

実家の居間に死にかけた蛇が弱々しく横たわっていて、

『俺が死んだら十字架を立ててくれ』

と私に懇願する夢を見たのです。

お寺にいつも置いてある鉢が、
何故かその夢の中では実家に置いてあり、
私がその死にかけた蛇をお寺の鉢の中へ入れてやると、
蛇は魚に姿を変えてハチの水の中を泳ぎ回り、
何も喋らなくなりました。

『あら、いい夢を見ましたね。
でも、十字架というところがちょっと、
気になりますが。』

その夢の話を聞いた師匠からはそう言われ、
その年もまた私は、せっせとお寺に通い続けました。

ラカシスのレメディーを飲むだけでなく、
私自身が自分の意志で、
自分の中の『蛇』を浄化させるためにお寺に通い続けることで、
私の蛇はいつの間にか姿を消したのです。

『観音様が入ったら、お母さんはまっすぐに観音様の方へ行くから、
早くお母さんを観音様の前に座らせてあげたいの』

と、亡くなられた副住職様から言われた日から、
10年近くの月日が過ぎようとしているのに、
母はいつまでも蛇にしがみついているようにしか見えず、
嫉妬と罪悪感に心を縛られ、
本家や、隣家の伯母への復讐心と恨みに燃えているようにしか見えなかったのです。

『全然まっすぐ行かないじゃん』

と私は時々心の中で、
亡くなられた副住職様に話しかけていたのですが、

昨年の夏に、母は自分の堕胎した子供たちの水子供養を終えたことで、
やはり罪悪感から解かれたのだと思いました。


そんなことを思いながら、
母の入院した病院へと翌日見舞いに行くと、
真っ白な顔をした母が、
しかし、スッキリとしたような笑顔で、
病院のベッドの上横たわっていました。

『早くショールを編んで、お寺に送ろうと思ったの』

と母は弱々しく言いました。

『あの尼が!』と、師匠のことを悪く言っていたうちには、
母の中に黒い血が、活気を漲らせてぐるぐると、
まさしく蛇が体内を這い回るかのように、
巡り巡っていたのだと思いました。

師匠に贈り物をして、
観音様の方へ真っ直ぐに向かおうとし始めた母と、
その蛇の『同居』が不可能になり、

母は『悪い血』を吐き出し、

『自分は悪い人間ではない、
蛇のように嫌われる存在ではない』

という新しい真実を、
受け入れ始めたのだと思ったのです。



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吐血


母からのメールを着信拒否するようになってから、
一年が経ち、
その間、母は何度か実の兄と兄嫁によって、
警察を呼ばれたりを繰り返していたようでしたが、

10月に入ると父が北海道から母を迎えに来て、
母は父と二人で北海道へと旅立っていきました。

結局、一年前の母の水子供養をきっかけにして、
私が母と疎遠になるという現実以外、
何も変わらなかったのだと思いました。

あの水子供養の時には、
謎の腰痛に何日も何日も悩まされ、
師匠が患部を押して『これはお母さんの怒りなのではないですか?』
と教えてくれたのをきっかけに、
私は両親との三角関係のゲームから抜けることを決断し、
母の代わりになって、父を憎むことをやめる方向に進んだのだと思いました。

『そのゲーム、まだ続ける必要ありますか?
それではなくて、瑠史さんは自分のことをしなければならないのではないですか?』

とも師匠から言われ、
私は母の『憎しみの言葉』に耳を傾けることを一切やめて、
昨年の九月から、メールでの人生相談を開設し、
この一年間、毎日せっせと、
他人様の相談に答え続けながらやってきたのです。

「あれから1年経ったんだ」

と思いました。

母の問題から抜けてみると、
このブログに書くことすらネタがなくなり、
なんとも刺激のない、寂しい一年だったことかというのが、
正直な感想なのです。

あんなに振り回されて、
母さえ自分の人生からいなくなれば幸せになれるとさえ思っていたのに、
結局のところ、母は私の『刺激』であり、
一種の麻薬のような役割をしていたのだと思いました。

そして、断酒する時や禁煙するときにも、
これと同じような寂しさや物足りなさを感じるのかと、
想像したのです。


両親が戻ってきたのは、
12月の初めのことでした。 

母が、北海道の、
亡くなった、父方の祖父にお金を渡している夢を見て胸騒ぎがしたので、
老人ホームに入所している祖母が亡くなる知らせなのかと思い、
父に電話をかけると、

『お母さんがすっかりおとなしくなって、
毎晩、文句も言わずに二人で仲良く寝てたんだ』

という報告を父から受け、

『そっちに戻ったら心療内科に一緒に行くって言うから、
来週、病院に連れて行くことにしたから』

とあっけなく、父が母を心療内科に連れて行く段取りになったのです。

ホメオパシーで母を治そうとしていた妹も、
展示会のことや、洋服や下着のオーダーに追われ忙しく、
『お父さんに任せておけばいいよ、どうでもいいし』
と、既に両親のことは投げている様子でしたので、
私も、またうっかりと三角関係にはまってはいけないと思い、
両親を放っておくことにしたのです。

母から電話がかかってきたのは、
父と一緒に心療内科に行くと言っていた、
数日後のことでした。

「私、みんなに色々謝らなきゃならないから」

と母は、今度のお正月に、
私の夫を家に呼びたいと電話をかけてきたのです。

母が最後に夫に会ったのは、
四年前の、夫の母の告別式の日のことでした。

『私の悪口をずっとブツブツ呟き続けていたじゃない、
あんたの旦那、あんな人だと思わなかった、許せない』

告別式が終わると母はそう言い、
夫を正月に招待してはその日になってドタキャンし、
その後は妹夫婦だけを家に呼ぶという、
私にとっては大変屈辱的な顛末を繰り返した為に、
私の方こそ、両親のどちらも許せないという、
頑なな思いが固まっていくばかりだったのです。

「それに、あなたの先生にも失礼なことをしたから、
ショールを編んでプレゼントしようと思って、
毛糸を買ったの。急いで編むから待ってて」

と母は、
師匠にショールを編む為に、
毛糸を買ったというのでした。

母が師匠に会ったのは、
実家に観音様が入った日が最後のことで、
それ以降、

『このままではあの尼の思い通り、
観音様はもう祀りたくないから捨てたい』

などと、師匠の悪口を言うばかりで、
昨年の水子供養の時にも、
『私はお寺には行けないから、お願いします』と、
母に託され、
私が母の代理で参列したのでした。

その母が、師匠にショールを編むなんて、
私にしてみれば、天地が逆さまになったかのような衝撃でした。

以前の母なら、
自分の編んだ作品を、師匠に見られること自体に引け目を感じ、
『そんな大それた先生に、笑われるだけだから』
と、卑屈な意見しか出なかったとしか思えないことを思うと、
飲み始めた薬のせいで思考がまともになったのか、
または、

『まさか、死ぬ準備してる?』

としか、正直、思えないのでした。

電話の向こうの母の声は、
くぐもっているような、
身体とどこかずれているような、
あの世とこの世の境目辺りから聞こえてくるような、
なんとも、母のものではないような印象も受けたのです。

「急にいい人になっちゃって。
まさか、死ぬとか?」

と私は、娘や妹に、
母についてどう感じているかを確認しました。

「なんか変だよね。何か、落ち着かないよね」

と娘も言い、
私は、母が父方の祖父にお金を渡していた、
その夢のイメージを思い返していたのです。


「血を吐いてね、お父さんと病院に向かってるの」

と、やけに明るい声で母から電話がかかってきたのは、
その三日後のことでした。

「毛糸が届いたからショールを編もうと思ったの、
そしたら目眩がして、二階の階段のところまで這って行って、
階段の下で血を吐いたの。全部で三回吐いたの。
真っ黒な血だったの。病院行ってくるから。」

と母に言われ、

何故か私は、「これだったのか!」と、
それまでのもやもやが晴れ、

母のことを心配する傍らで、
この一年間感じ続けていた寂しさの正体を、
はっきりと、直視したのです。



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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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