真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

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母からの音沙汰がなくなると、
自分の中に、空洞を感じるようになりました。

それは『孤独の穴』と表現していた寂しさとは違い、

母に傷つけられたり、
汚されないように守りながら、
隠し続けてきた自分の居場所でした。

空洞、と感じているのは、

その自分がまだ、
表面に出てくるのを怖がり、
その空洞のとても奥の方から、
じっと外の様子を伺っているだけで、

姿を見せないためなのです。

『お母さんが直接連絡してくることは、
絶対にないよ』

と私は、
一人きりのスペースで、
その洞窟の奥に向かって語りかけました。

洞窟からは何の返答はないものの、
こんな夢を見ました。


なぜか実家の庭に、
自宅で飼っているインコの鳥籠があり、

出口が開け放してありました。

開けたのは夫で、
鳥籠から飛び立ったインコは、
空高く舞い上がり、上空を自由に飛び回っていました。

『ちょっと、なにやってんのよ!』

と慌てた私は、

『二度と戻って来ないかもしれないじゃないの、
猫に捕まって食べられたらどうするの、
これから寒くなって、凍え死んだらどうするの』

と夫を非難し、
空に手を伸ばしてインコを追いかけました。

しかし私の手が掴んだのは、
自由な空で、インコが自分で得た、
『友達の鳥』だったのです。

その見知らぬ鳥を掴みギョッとした私は、
自分のインコが私から離れて、
知らない世界で知らない鳥と群れを作るのだと、

底しれぬ恐怖に駆られて、
自分の鳥を籠に戻そうともがきました。

見上げた空はどこまでも際限なく広く、
果てしない自由をただ、
恐ろしいと感じたのです。


目が覚めて、
自分がこんなにも、
母親からの自立に恐怖を感じているなんてと、
愕然としました。

母からの連絡を断ち切ったことが、
自由へと繋がる道が、

いざ手に入ってみると、
こんなにも恐いものだったとは、

たしかにここを目指して進んできたのにと、
自分の見た夢の内容を、
よく味わってみました。

籠の扉を開けたのは夫だったことから、

母からの連絡を断ち切ったことを、
恐怖に変えない為には、

これまで以上に、
夫を信頼しなければならないのだと、

夢のメッセージを受け取りました。

『お母さんとの続きは、
旦那さんとやらなければ』

と、いつか師匠に言われたことを思い出し、
その意味をもう一度、
確認したのです。



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コード



『母からの電話がかかってこない、

嫌味なメールの着信音も、
決して鳴ることはない、

傷つけられることのない場所を確保できたのだ』

と、ついに守られた私の世界は、
自由で心地よく、
しんと静まり返っているようでした。

しかし言いようのない寂しさもあり、


実家に帰ってみたら母が、
妹の写真だけを家中に並べ、

『やっとあの子が離れてくれたから、
気兼ねせずにマリのことだけ可愛がれるわ』

と言っている夢を見て、
絶望的な想いにかられることもまた、
繰り返したのです。


しかし母と離れてみると、
私が自分に抱いていた『自己認識』が、

母の言葉による強い思い込みであることに、
次第に気が付き始めました。

毎日繰り返される生活の中でふと、

『夫がいくら私を愛していると言っても、
嘘に決まっていると頑なに思い続けたことの背景には、
お母さんが私に、お前なんか誰も好きにならないからと、
毎日のように言い続けたからだ』

と閃いてみたり、

『自分を醜いと思い込んで疑わないのも、
お母さんが毎日私にそう言い続けたからなのかもしれない』

と気が付き、
改めて鏡を覗き込んでみたのです。


そうして生まれたのは、

私は何者でもない、

という新しい自己認識でした。


母から見れば私は娘で、

夫から見たら私は妻、

師匠から見れば私は弟子なのです。


80歳の人から見れば若い私も、
子供から見ればおばさんで、

私を判断する他人が無限にいるこの世界で、
母の言ったことだけを真に受けていた私は、

母の呪縛にかかっていたに過ぎなかったのです。


医者は私の足の病気は治らないと言い、

霊能者は自分のヒーリングで治ると言い、

どちらの言うことが正しいのかと、
とても長い間、悩み続けてきました。

その答えも、
決してひとつではなかったのだと、
私は呪縛から解かれていくのを感じました。

いつか、ホメオパシーの先生が、

『他人が押し付けてきた価値観に私達は縛られます。
でも、最終的にその価値感を自分に許し、
決定を下すのは自分です』

と言ったことの意味を、

私は本当に理解できた、
と思いました。

そして、

『始めるのも、やめるのも自分』

と言われたことの意味も、

母からの連絡コードを断ち切ったことで、
はっきりと理解したのです。




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自由


母からの電話もメールも着信拒否に設定すると、
突然、自由になったような感覚に襲われました。

しかし同時に、言いようのない寂しさを深く感じ、
それから突然の身体の疲れがどっと出て、

三日間、何もする気になれなくなり、
老人のようになって、
赤ん坊の相手だけをして過ごしました。

そして三日過ぎた晩に夢を見ました。

「あんた、劣等感にまみれて他人の幸せ妬んで、
いくら家族があんたを大事だと言っても、
ちっとも信じやしないじゃないの。
あんたの旦那はあんたが良くて、
あんたを選んで結婚したのに、
人を信じないで、拒絶してるのはあんたの方でしょ、
他人からの愛情が欲しいなら、
受け入れたらいいじゃないの!」

と昔の知り合いを叱咤しまくる夢でした。

目が覚めて、
私が本当にそれを言いたい相手は、
古い友人などではなく、

母なのだと気が付きました。

当時、その古い友人に対して抱いていた不満は、
母に向けられたものであり、
その友人を疎ましくさえ感じていたのは、
彼女がとても母に似ていたからだったのだと、

数十年経った今になり、
ようやく気がついたのです。

「そして、あの人は私に似ていたから、
彼女に嫌悪感を抱いていたのだ」

とも気がついた私は、

「夫が向けてくれている愛情を受け入れないのは、
母だけでなく私も同じ、
結局は母の姿に自分を写し見て、
私は母がゆるせないのだ」

とも認めたのです。

その夢を見て大切なことに気がついた朝、
私は母に向けて、
二通目の手紙を書きました。


『お父さんが朝鮮人でもアイヌ人でも、
なんでもいいよ、
私はどちらも信じません。
それよりも言いたいことは、
そういう発言を繰り返して、
誰にどんな得があるのかということ。
一体誰のための、なんのための発言なの?
いい加減に、
家族に自分を憎ませるように仕向けるのはやめて、
皆からの愛情を受け入れて、
大事な人との関係を大切にして、
孤独の穴から自分の力で出てきてください』


と、そこまで書き終えると、
これは母と同時に、
自分の為の大切な手紙だと感じました。

私が母と自分にに本当に言いたかったことは、
これだったのだと思いました。

そして、その手紙をポストに投函すると、

やっと、

本当に自由になった気持ちがしたのです。



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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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