真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]

進化



「自分が苛められていた時のことを、
理解して受け入れて納得して相手を赦すのに、
土星が太陽の周りを一周するだけの月日がかかったよ」

私は今回の気づきのことを、
息子に話しました。

今年二十歳になる私の息子は、

「俺も小学生の時から中学生になるまで、
ずっと苛められてきたけど。
俺を殴った奴らのことを今思い出すと、
この世に悪人は一人もいなかったと思うんだ」

と言いました。

「それはまた、随分と大きな答えだね。
どうしてそう思うの?」

私は息子の『気付き』に感動し、
尋ねました。

「うん。あいつらは誰一人、
悪人ではなかったんだよ。
ただ、やり場のないイライラを、
俺にぶつけただけだったんだ」

息子はそう答えました。

「そうか。それはすごいね。
でも、その殴る相手に、どうして君が選ばれたの?」

やはり知りたいのはそこなのだと思う私は、
息子につっこみました。

「それは、道で拾った石が、
綺麗ならポケットに入れて持って帰るし、
普通の石や、汚い石なら、その場で投げる、
ただそれだけのことなんだ。
人間なんて、そんなものだよ。
苛めた方は誰ももう、何も覚えていないんだ。
道でたまたま拾った、汚い石を投げたことなんかね」

息子は言いました。

「ああ、むしゃくしゃするな、
誰か殴ってやりたいな、
目の前にのび太が来た、殴ってやろう、
というジャイアンと同じだよ。
べつにのび太を恨んだり憎んだり、していないでしょ」

息子のその発言で、

「おまえが憎くてこんなことするわけじゃない!
憎いわけじゃないのよ!!」

と叫びながら、
私にあらんかぎりの怒りをぶつけてきた、
母のことを思い出しました。


つまりは、

『強きに弱く、弱きに強い』

という人間の弱さを、

私も息子も共に学んだのだと理解しました。


悪人はいないけれど、
人の心に『病み(闇)』があるだけなのだということを、

苛められた経験を通じて学んだのだと、
息子は言いました。


強いものに支配されて、

腹の中に抑圧した怒りや恨みを抱え込んだ私たちは、

また弱いものへとその怒りをぶつけ、

ただ、そういう『世界』を繋ぎ続けてしまっただけなのです。


『強きに弱く、弱きに強いではダメだとわかる』
というテーマの、

『ライコポディウム』というスギゴケのレメディーを摂ることにしました。

小さいけれども杉である、という偉そうな心と、
やはり苔のように小さいのだという自身のなさの混ざり合うこのレメディーは、

力の強い親からはガミガミと叱られ抵抗できず、
小さな弟や妹、弱い者に対しては独裁的な態度を示す、

そんな人の性質をもつのです。


「私が今からできることは、
この子をライコポディウムにしないように育てるだけ」

と思いながら、

ハイハイとつかまり立ちを始めて、
天使のような笑顔で私を信頼している、

生後9か月に入った次男を抱きしめました。


「イジメは人間の本能なのね」

と、亡くなられた副住職が、
いつか言ったことを思い出しました。

イジメが本能なら、
それに打ち勝つことが人間の『進化』なのではないかと思いました。

『強きに弱く、弱きに強い』

という心を変えて成長させることができたら、


私は自分を悩ませ続けてきた根本的な苦しみから、

脱出できるような気がしてならないのです。







スポンサーサイト
  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

ナイフ



「私が今までに見てきたイジメは・・・
お母さんの言うとおり、見た目や性格が悪い、
というのが理由と言うよりは、
心の中で人を見下したり、
自己卑下している子が対象にされていたような気がするな」

私の夢の話を聞いた娘はそう言いました。

「苛められる方の子供にも何か問題がある、
というのはあながち、
全く間違った意見ではないように思うよ」

と娘は言い、

確かに、私がイジメの対象にされた年、
私自身が両親との、
とても暗く、深い問題を抱えていたのです。

厳しい意見かもしれないけれど、

「相手の中に見えるのは、
全て自分の業なんですよ」

と以前に師匠も言っていたように、
たとえ表面には出さずとも、

抑圧した『悪意』をこちら側も抱えていなければ、
なかなかその対象には選ばれないのかもしれない、

と、30年近く経った今、
自分に起きた出来事をそう理解したのです。


「とにかくその夢を見たということは、
スタッフィサグリアを飲んだ方がいいということだよ」

と娘に言われたので、
娘と一緒にスタッフィサグリアというレメディーを摂ることにしました。

スタッフィサグリアというのは、

『上から押さえつけられた蓋を押しのけ、
自由に飛び立つ』というテーマのレメディーで、

常に不当に扱われ、屈辱的な目に合う人、
上から押さえつけられ、
沸々と出口のない不満にまみれている人、

人に言われたとおりに奴隷となっていく人の、
レメディーなのです。

夢に出てきたのは中学三年生の時に、
ナイフをちらつかせて私を恐怖に陥れたクラスメイトでしたが、

彼は私の中に住む私自身なのです。


私は両親の奴隷でしたが、
従順に両親に従いつつも、

本当はナイフで一突きに殺してしまいたいと、
心のずっと奥底には、
意識できない殺意を秘めていました。

ですから私が本当に怖かったのは、
彼のちらつかせるナイフではなく、

自分自身の中に隠し持っている、
見えないナイフ、

自分の持つ、
両親と自分への『殺意』だったのです。


「彼は私の抑圧した想いを、
映し出す鏡に過ぎなかったのだ」

と私は、長年自分の心に住み着いていた悪魔の正体を、
暴いたような気持ちになりました。

夢の中で彼は、

「生まれ変わるのに必要な灰を、
あんたに撒いてやっただけだ」

と言いました。

撒いてもらったのは、
死んで生まれ変わった、私自身の『灰』なのだと思いました。


彼は15歳の時からずっと、
事あるごとに私の夢に現れて、

夢の中の私は、彼を暴力で押さえつけてみたり、
またあの時と同じように苛められてみたりを繰り返していましたが、

それを繰り返していただけのこれまでの私は、
結局は彼と同じ『暴力性』を内側に秘めていて、

そこから出ることができないままだったのだと思いました。

彼が加害者で私が被害者だったのではなく、

『死にたい』とう抑圧した想いが、
彼を引き寄せただけのことだったのだと、

今では理解できるのです。


死にたいなら、
このナイフで殺してあげると、

彼は私をイジメの対象に選んだ、

答えはシンプルに、そこにあったのです。


しかし私が今また生まれ変わり、
人生を力強く生きていく心を取り戻したので、

「今のあんただったら苛めなかった」

と彼は笑ったのだと、


ひとつ大きな宿題を終えたような、


私はとても、

さわやかな気持ちになったのです。



  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

殺意

中学生の時の、古い出来事を夢に見ました。

私を苛めていた男子生徒が夢に出てきて、
私と向かい合って座っていました。

夢の中では15歳のまま、
制服を着ている彼に向かい、

「どうして私を苛めたの?」

と私は尋ねました。


彼は、

「あんたの心が腐っていたから、
灰をかけてやっただけだよ」

と言いました。

夢の中の私はその一言ですべてを納得し、

「ああ、私のために灰をかけてくれたんだね」

と彼に感謝しました。

「そうだよ。生まれ変わるためには必要だっただろ。
もしあの日のあんたが、今のあんただったら、
俺はあんたを苛めたりしなかった。
今のあんたは本当に、良くなったよ」

と彼は笑い、

綺麗な笑顔だな、と思った瞬間に、

目が覚めました。


目が覚めて、

「あれは私にとって、
必要不可欠な出来事だったんだ」

と思いました。


学校ではいつでもお調子者でひょうきんだった私が、
イジメにあったのは中学三年生の一年間だけで、

なぜ自分がその対象にされたのか、
当時は全く理由がわからず、

とにかく辛いだけの、
納得のいかない、忘れられない一年間だったのです。


10年前にホメオパシーの相談会に罹り始め、
相談会にかかって2年が経った時に初めて、

「中学三年生の時に母が不倫をして、
私は母の恋愛の相談相手になっていた」

と打ち明けると先生は、

「どうしてそれを早く言わなかったの、
それはイジメにも合うわよ!
考えてもみて、自分の母親の恋愛の相談相手になるって、
お父さんの居ない家という訳でもなかったのに」

と私に同調し、涙を流したのです。

しかしその日のわたしには、
それがなぜイジメの対象になることと関係があったのか、
それよりも先生がなぜ私の話で泣いているのか、

その意味が全くわからなかったのです。


「私はあの年、両親への殺意で腹の中がドロドロだったのだ」

夢から醒めた私はようやく、
30年近くも前になる、当時の自分の黒い想いに気が付きました。

「そして私は死にたかった。
学校ではおちゃらけてみんなを笑わせて、
何でもないふりを続けていたけれど、
心の中では泣いていて、
本当は死んでしまいたかったのだ」

と思いました。

彼は私を救うために現れた、
と言っても過言ではなく、

彼にイジメの対象にされたことで、

辛いのは両親との問題ではなく、
学校でイジメにあっているからだ、

と自分を騙すことができたし、

もしもあのイジメがなければ、
両親の問題だけが浮き彫りになって、
私は死んでいたのかもしれないと思ったのです。

それから、
イジメの対象に自分が選ばれたことが、

自分が醜く、臭いせいだと思い、
あの一年間、私は自分の身なりと匂いばかりを気にして、
神経質に体を洗ったり香りをつけることに躍起になっていたけれど、

私がその対象に選ばれたのは、

彼と私が同じ『腹黒さ』を抱えていたからに過ぎなかったのだ、
と思いました。

神経質で綺麗な顔立ちをしていた彼のイジメのやり方は陰険で、
クラスの中の誰よりも成績の良かった彼は、

担任の教師からは厚く信頼されていて、
クラス委員長を務めながら、

陰では陰湿なイジメを続けていたのです。


ある日の朝教室に入ると、
私の机の上がナイフでズタズタに刻んでありました。

そのそばで、彼が胸のポケットから出したナイフを、
鞘から出したりしまったりしていました。

彼は私の消しゴムをナイフでバラバラに刻み、
吹き飛ばして気味悪く笑いました。


それからとても偏差値の高い男子校に進学した彼は、

「本当は自分の母親を殺したかったのだ」

と、今になって気が付いたのです。


同じ殺意を抑圧していた彼と私は、

互いにそれを突きあうことで、
自己嫌悪の想いを相手に映し合い、

『自殺』からかろうじて、

身を守り合っていたのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

夜明け

亡くなった義母の夢を見た翌日の晩は、

「今夜はざわざわして眠れない」

と娘が言い、

私と娘はなんとなく眠れずに、
布団の中であっちにこっちにと、
寝返りをうち、なかなか寝付けずにいました。

それでもなんとか、
うとうとし始めた深夜の二時半に、

熟睡していたはずの次男が、
突然火のついたように泣き出しました。

「ぎゃあ~~~ん、ぎゃあ~~ん」

と突然しゃくりあげながら泣き出した次男の声に、
私も娘も飛び起きて、

娘が次男を抱いて立ち上がり、

「なんだか泣き方が変だよ、
具合悪いのかな?どこか痛いんじゃないの?」

と心配しました。


私は二男の様子を見て、
娘が次男くらいに小さかった時の夜泣きの感じと、
とてもよく似ているように感じました。

次男の体を調べて、
どこにも異常がないと確認をしてから、

『ベラドーナ』というレメディーを次男に飲ませました。

ベラドーナは『魔界に片足を突っ込んでいる人』のレメディーで、
『魔物の時間』に具合を悪くしたときに飲むと、
効果があるのです。


次男の夜泣きが落ち着くと、
携帯電話の着信のランプが点滅しているのに気が付きました。

開けて見ると、
実家の母からの6通のメールを受信していて、
それは2時半から一通ずつ、
母から送られてきていたのです。


『ドーンという地響きがして家が揺れてる、
まさか忠男(実家の隣家の伯父の仮名)が、
バットでうちの柱を打ってる?』

というメールに始まり、
その5分後に、

『二階を支えてる柱の下に忠男がウンコを置いたから、
忠男の家側の道路に撒きかえしてやったから、
その仕返し?』

というメール、
そしてその10分後には、

『忠男がうちを倒壊しようと狙ってる、
ここは俺の土地だって、
忠男の憎悪が恐い!助けて』

という具合に、
深夜に母の妄想は暴走していて、

それが私の恐怖心を、
底知れず煽るのでした。


「夜泣きを始めた時間と、
実家に異変の起きた時間が一緒だよ・・・
なんで?どうしたらいいの?」

私が不安になって娘に相談をすると、

「線香立てて塗香を撒こう。
私がバアバに電話して様子を伺うから、
お母さんはこの子を寝かせてあげて」

と娘が頼もしく答えてくれたので、
実家に電話を掛けるのは娘にお願いすることにしました。


お線香を立て観音様に灯りをともし、
部屋中に塗香を撒きながら不動明王の真言を唱えると、

次第に心が落ち着き始め、

次男も再び目を閉じて、
私の腕の中で安心して眠り始めました。


「バアバ、怖かったらお母さんに運転してもらって、
今から迎えに行くよ?
大丈夫?
こんな土砂降りの深夜に、いくら伯父さんでも、
バット持って出て来てないと思うよ、
家を壊しに来るなら、晴れている日にすると思う。
・・・え、ラップ音だったら安心なの?
伯父さんの方が霊より恐いの?
ラップ音ならもういいの?あ、そうなんだ?
私はラップ音の方が恐いけど。
バアバは恐くないんだ?すごいじゃん!あはは!」

実家の母と話す娘の笑い声に救われて、
電話を終えた娘に向かい、

「本当にありがとう。
毎日私のそばにいてくれて色々助けてくれて。
日に日に、あなたへの感謝の気持ちが大きくなる。
本当に本当に、
自分は幸せだと感じられるようになって、
お母さんのことのいろんな恐怖よりも、
あなたが私のそばにいてくれることへの感謝の気持ちの方が、
今ははるかに上回っているんだよ」

と言いました。

「そうなの?ハイハイ、
もう寝るよ!」

と照れて向こうを向いて寝てしまった娘の隣で、
私も次男を抱いて眠りにつきながら、

白々と明けていく夜を見たのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

予約



キューピー人形の夢を見たのをきっかけに、
続けて意味深な夢を見ました。


夢の中で、亡くなった義母(夫の母)から電話がかかってきて、

「岡村さん(義母の親友・仮名)と、それから姉さんが、
かんのんいんへ行きたいと言っているのよ。
観音様がいるんだよね?
今日の1時に行けばいいと言っておいたから、
お願いできる?」

と言われました。

「二人一緒に来るんですか?
それぞれ個人的な相談だと思うので、
一人ずつ時間をずらしてきてほしいんですけど。
じゃあ私が電話してみるので、もう大丈夫ですよ、
お母さん」

と言うと義母は安心して電話を切り、

私は義母の親友の岡村さんに電話を掛け、

「1時と言われたと思うのですが、
岡村さんは11時に来ていただけますか?」

と言うと、

とても遠くから、
とても聞き取れないほどの小さな小さな声で、

「わかりました」

という岡村さんの返事が聞こえたのです。


電話遠いな、壊れたのかしら、
夫が帰ってきたら相談してみよう、

と思ったところで目が覚めて、


「あ、お義母さんはもうとっくに亡くなっていたっけ」

と思い出しました。

それから続けて、

お義母さんのお姉さんも15年前に亡くなっていたし、
その一年前、16年前に岡村さんも、

とっくに亡くなった人たちだった、

と思い出しました。


得度をする時に師匠が、

「得度をすると、もっと切実な問題を抱えた人が、
瑠史さんを頼ってかんのんいんにやって来るようになります。
が、見えない方のお客さんは、
もっと増えますよ」

と言ったことを思い出しました。


義母はあの世で、
亡くなった親友と自分の姉と一緒に過ごしているのだと思いました。

私を頼って、電話で予約を入れてきてくれたということは、
何か供養してほしいことがあって、
「それならうちの嫁が尼になったから頼めばいい」と、
代表で電話を掛けてきたのかもしれない、と思いました。

私は義母と義母の姉と岡村さんのために、
十一面観音の前で丁寧にお経を唱えました。


そうして、お経の詠み終えた時間が、

きっかり、午後の一時だったのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

罪悪感



母が水子供養のことを真剣に思い始めたのがわかったので、

「この前お寺でやってもらったのは、
千円の経木供養でしょう。
水子供養は一体三万円で、師匠がマンツーマンで、
きちんとお経をあげてくれて、水子さんの状態を視てくれて、
それから戒名をつけてくれて、
その後はずっとお寺で守ってくれるんだよ。
つまりは水子のお葬式を上げてくれるんだから、
もし気になっているなら、私はお葬式をあげた方がいいと思うけど」

と母に言いました。

なんといっても私自身が、
水子供養をきっかけに、あっという間に人生が変わり始め、
ここまで良くなったのです。

「どうしてもお寺に行くのが嫌なのだったら、
写経でもいいんだよ。
一枚一枚心を込めて、亡くなった自分の赤ちゃんのために、
供養すれば誰にも会わずに自分一人でできるじゃない。」

私はそう言いながら、
写経で供養するという選択を取った場合のカードを、
一枚母に引くように言いました。

そうして、それでも『良くなる』という意味のカードを母が引いたので、

「ほら、こっちでもお母さんの人生は良くなるし、
茂子伯母さんの嫌な声から解放される。
お寺で水子供養か、または自分で写経で供養、
そのどちらでもいいんだよ。
引っ越して逃げ出しても、この根底の問題を解決しなければ、
事態は変わらないのかもしれないですね」

と母に言いました。


「三万も払いたくないし、
写経は面倒くさい」

そう答えた母に、

「中絶しないで産んで育てていたら、
三万では済まないほどお金を遣ったはずでしょう。
人が二人死んだのに、写経を面倒と思うなんて。
私は500枚書いたら、この子をまた授かったよ」

と叱りました。

母は、お寺に行くのは嫌だし、
写経も嫌だけど、

「でもあの子たちが天国に行っているのか、
本当は心配だし、悪いことしたと思っているのよ」

と言ってから、

「お父さんが変なこと言うから堕ろしたのよ、
あの男のせいなのよ」

と父のことを悪く言い始め、

「ほら!出てきた!あの女!
聴こえるだろ、あの女の声!
もう酔ってるのか、馬鹿だからもう呑んでるのかって、
関係ないでしょ、なんなの、
頭おかしいんじゃないの!!
うるさい、だまれ、キチガイなんじゃないの!!」

と、突然窓の外に向かって叫び始めました。

窓は開いて網戸一枚になっているのに、
母は大きな声で、隣家の伯母に向かって、
罵詈雑言を叫び始めたのです。


時間はちょうど夕方の四時で、

「魔物の時間に入ったのもあるのかな」

と思った私は、

気の狂い始めた母の手を引いて、
観音様の部屋へ移動し、

母を座布団に座らせて、

般若心経、観音経、
理趣経を一通り読み始めました。


母は一心に手を合わせ、
足の痺れも我慢して、
観音様の前で目を閉じ、小一時間うなだれていました。


「この人は本当に、
赤ちゃんを中絶したことを後悔しているのだな」

と思いました。

うなだれる母の隣でお経を唱えていると、

「ごめんなさい、ごめんなさい」

と赤ちゃんに謝っている母の姿が、
横に座っている母に重なるようにして、視えたのです。


母のその姿を思いながら、
私は籠いっぱいのキューピー人形の夢の内容を思い出しました。

黒いガーゼを切って顔にかけたのは、

『未浄化の水子を供養するように』

というお知らせだったのかもしれないと、思ったのです。


母が「ほら、あの女の声が聞こえるだろう」と言った時に、
私には何も聞こえませんでした。

ひとくくりに言えば、
母は統合失調症という病気なのですが、

その根底にある、
その病気の原因は、

二度の中絶の手術にあると、
私は確信しているのです。


母は生まれつきの性格が、
神経質で思い込みが強く、

確かに霊感体質かもしれないけれど、


この人生で中絶をして罪悪感に苛まれることさえなければ、

気の狂うことにまではならなかったのではないかと、

思えてならないのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

魔物の影


水子の夢を見た後に実家の母から、

「赤ちゃん抱かせて!
抱きたくて仕方がないのよ、
今日来れない?」

と連絡が入りました。


その夢のことを一旦忘れていた私は、
何の気なしに、実家へと出かけました。


「ああ、赤ちゃんを抱くと治るのよ、
なんてふっくらしていて気持ちがいいの、
なんていい匂いがするんだろう!」

と母は言い、
奪うように私の腕から次男をさらい、

気の済むまで、
抱きしめたり、
甘い、ミルクのような赤ん坊の匂いを、
嗅いだりしました。


次男がむずかり始め、
昼寝を始めると、

「今日も茂子が外に出てきて、
私のこと、馬鹿だから何もしないって言うの。
私どうすればいいかしら。
もううるさくてうんざり。あの女、キチガイなのかしら?
私引っ越すしかない?どうすればいいの?」

と繰り返し愚痴をこぼし始めたので、
その日持ってきていたタロットカードを広げ、

母の心をリーディングすることにしました。


「ある問題を解決しなければ、
引っ越しても引っ越さなくても、結果は同じです」

と私は母に言いました。

「ある問題ってなんなの?」

と母に聞かれた私は、

「それはお母さんが自己処罰を続ける原因となっていること。
どうしてそんなに自分で自分を罰し続けるのか、
根深い罪悪感の原因は何なのか。
茂子伯母さんなんて本当は全く関係ない、
自分でわかっていると思うけど、と出ていますが」

と母に答えました。

すると母は目を逸らし、
お茶を淹れに、突然台所へ立ってしまいました。


『心の問題を、意識に上げたくないのだな』

と察知した私は、
それでもそれぞれの問題は、
解決するもしないも、個々に責任があるのだからと思い、

母がここでリーディングをやめると言うならそれも仕方のないことと、
気長に待つことにしました。


お茶とお菓子の準備を終えた母は、
また席に戻り、

「水子供養なら、したじゃない」

と、イライラと怒ったように言いました。

「昭和の時代は仕方なかったのよ、
みんな軽く、誰だって中絶したの、
みんなしたのよ、そういう時代だったの」

誰に向かっての言い訳なのか、
怒ったように、母は続けました。


「では、水子供養をきちんとする、
という選択をとった場合、
人生がどう分岐していくのか、カードを一枚引いてみて」

と私が言うと、

母は黙ってカードを引きました。

『それはとても幸せな方向に進む』

という一枚をめくった母は、

「私お寺になんて行きたくない、
誰とも付き合いたくないのよ!!」

と怒り出しました。

「それはお母さんの自由。
カードはただ、この選択をするとどうなるのか、
ということがはっきりと出るだけで、
実際に行動に移すかどうかは自分の責任で決めてください」

と私は答えました。

母は、
水子供養というのは何時間ほどで終わるのか、
その席にはだれがいるのか、

そのあともお寺に通わなければならなくなるのか、
などとあれこれ矢継ぎ早に質問をしてきました。

そして、
「お寺で供養してもらおうかな」
と、母が迷い始めたのだなと感じた瞬間、

母の心に魔物の影が忍び寄ったのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

あの世通信


久しぶりに、恐い夢を見ました。


夢の中で、鍾乳洞のような、
ろうそくの明かりのたくさん灯った洞窟を通り、
喫茶店に行きつきました。

席に着くとその店のマスターが、
小ぶりなカゴを持って現れました。

「これ全部供養しておきましたよ」

と言いながらマスターが手渡してきたカゴを受け取り、
中を覗いてみると、

『53297』という数字の書かれた紙切れと、
それからクリスタルがひとつと、

たくさんのキューピー人形が入っていました。


「53297?・・・なんですかこれ」


とマスターに尋ねると、


「何って、水子だよ。
よくこんなに集めたもんだよね」


と言われ、
一瞬ゾッとしてからもう一度籠の中を覗いてみると、

端の方に三体ほど、
ムンクの叫びの絵のような顔をした、
とても恐いキューピー人形が混じっていました。

「ひい、これ全部水子?
この三体はまだ未浄化じゃないの!」

と叫んだ私は、

「この顔怖すぎる、なにか布をかけたい」

と夢の中でそう思い、
鞄の中に手を入れて布を探しました。


すると、
次男のよだれを拭くために常に持ち歩いている、
ガーゼのハンカチが手に触れたので取り出してみると、

それは白ではなく、
黒いガーゼのハンカチだったのです。


「黒いのなんて持っていたっけ?」

と思いつつ、他に布がなかったので、
その黒いガーゼのハンカチを鋏で小さく切り、

その怖い顔の人形に一枚ずつかけたところで、
目が覚めました。


目が覚めて、

「夢か」

とつぶやいた私は、

「黒いガーゼなんて実際には持っていないのに」

と思い、

「黒ってことはつまり喪に服した色、
黒は死をイメージする色、
要するに死んだ赤ん坊の象徴か」

と夢の伝えるメッセージに気が付き、

気が付いてしまうと、

「・・・って、53297体も集めたのかよ、
どんだけ!!」

と自分に突っ込みを入れてから、

寒くもないのにぞくぞくと、
鳥肌で肌の泡立つのが、しばらく止まらなかったのです。


それからカレンダーを見ると、

「6月に入ったんだ」

と気が付き、


毎年、地蔵盆のひと月くらい前から、

『あの世通信』

を夢に見るのが恒例だったのだと、

思い出したのです。



  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

意地



妹と娘が宮古島での五日間の旅を終えて帰ってくると娘は、
「私は旅行に出るたびに、自分が家がどんなに好きだかがわかる」
と言い、

真っ黒に日焼けした体を横たえて、
自分の布団で休み続けました。


反対に妹は、

「宮古島に移住したい、
旅行に出てこんな気持ちになったのは初めて」

だと言いました。

妹がオーナーさんから受けている洋裁の仕事の、
生地を自然染めしている人と宮古島で会い、

「この人が染めた布を裁断してミシンにかけていたんだって、
お互いに先に作品を知ってからの出会いだったの。
初めて会ったのに、それで懐かしい感じがして」

と妹は言い、移住せずとも、
年に何度か宮古島に旅行できたら、
と言いました。


それを聞いた母が、

「まりこは宮古島に移住する、
おまえは旦那の仕事で名古屋に住むことになる。
おまえたち姉妹には、
父親のジプシーの血が流れてる。
これは私の予感。予感は的中する」

というメールを、
深夜に私に送り付けてきました。


母から時々、
何の前触れもなしに送られてくるこうした深夜のメールに、
常に怒りを覚えるだけの私は、

「気持ち悪いし意味が分からないし、
お父さんがジプシーとか聞いたことないし、
どうして私が名古屋に行かなきゃならないの?
どうして私に何の断りもなく、私の人生を決めつけてくるの。
しかもこんな深夜に、
私が寝ているかもしれないのに一方的に。」

と腹立たしく思い、
怒りで完全に目が覚めてしまいました。

しかしいい加減、
このパターンが繰り返し起こっていることにも気が付いているのです。

そこで私は母からのメールに憤慨するだけでなく、
母に本当に言いたいことを伝えるために、
母の気持ちに寄り添ってみることにしました。


まず母は今日、妹が宮古島に移住したいといったのを聞いて、
不安になったのだと思いました。

父は北海道に家を建ててしまったし、
その上私までがどこか遠くに行ってしまったらどうしよう、
と不安になった母の気持ちを想像してみました。

「行かないでほしい」と言うのは癪だし、
「私の予感が的中した」と、
自分の霊感ではわかっていたことだと先に自分を納得させることで、

自分にかかるショックを和らげて逃がしているのだ、

と、母の気持ちに寄り添ってみたのです。


それから、怒っているのは今の自分ではなく、
『出ていけ』と母に言われ続けた、
過去の自分なのだと、
逃げずに自分の心を直視しました。


私は母に怒りをぶつけて、
全てを母のせいにするのはやめて、

『まりちゃんに、宮古島に行かないでと素直に言ったらどうかしら。
寂しいから行かないでって、お父さんにもまりちゃんにも、
自分の気持ちを素直に伝えることが、
お母さんの宿題だと思います。
家族を全員追い出さないで!』

と返信しました。


すると少し時間を空けてから、

『寂しい、誰にもどこにも行かないでほしい』

という短いメールが、
泣き顔付きで母から送られてきて、

私は初めて、
母と心の繋がったように感じました。


それからまた、

『本当はお父さんにも家にいてほしい。
まりこにも宮古島に行かないでほしい』

というメールが続けて送られてきました。

そのメールを読み、
私が腹を立てていたのは、

母から一方的に送られてくる深夜のメールに対してではなく、
意地を張り、
強がり続ける母の姿勢に対してだったのだと、気が付きました。

そして、
その部分が私と母の、
共通の『心の癖』なのです。


私が母に長年腹を立てていたのは、

「ずっとそばにいてほしい」
と言ってもらいたかったのに、

家出をした後にも、

「帰って来てほしい」
とは決して言ってもらえなかったこと、

「早く出ていけ」
と言われ続けたことに対してだったのです。


そして何より、

「本当はお母さんのそばにいたかった。
家出なんてしたことを後悔している」

という本心を、
意地を張り母に言えないまま、
今日まで過ごしてきた自分に対してだったのです。


素直になった母に対して私も優しい気持ちになり、

『私はどこにも行かないから、
安心してもう眠ってね』

と返信しました。

『私はどこにも行かない、
お母さんのそばにいるよ』

と、家出をしてから二十年以上経ち、
やっと素直に言えるようになり、
心がとても楽になりました。


すると、

『よかった。なみちゃんどこにも行かないでね』

と、母からも返事がきたのです。


私は二十歳で家出をした、
その日の自分をイメージして、

そのメールを送ってあげることにしました。

「本当はお母さんにこう言ってもらいたかったんだよね、
出て行けと言われて悲しかったね。
やっと言ってもらえたよ」

と、その日の自分に寄り添うと、


過去の自分と今の自分、
それから私の中の『母』が同時に癒されて、

気持ちのよい涙が流れたのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY

プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

個人セッションのお申し込みはコチラまでメールにてお願いいたします。
facebookはコチラ

☆サイト『ココナラ』さんでもメール相談を受け付けています☆

最新トラックバック

カテゴリ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

かんのんいんカウンター

« 2015 06  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR



.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。