真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]

緩し



「私、父を恨むのをやめたいです」

と師匠に言うと、

「やめたい、やめよう、
と思うとまたそれが『蓋』になってしまうだけですね」

と師匠は言いました。

「そうではなくて、
どうして自分がお父さんを恨んでいるのか、
それを見ることです」

師匠に言われて、

そこがイマイチぼんやりしていて、
分からないのだと思いました。


また、同じことなのです。
おそらく、無意識から意識に上げること、

「だからお父さんを恨んでいたのか」

と自分で確認すること、

それができた瞬間に、

それがもう『赦し』の瞬間なのだと思いました。


わからない、

ということ自体が、

同じ状態を維持しようとする自我の罠なのです。


わからない、

という状態は、

『わからない』という答えにしがみつく、
固い頭と心、

そして怠慢な心の産物だと思ったのです。



赦しは緩し、

心が緩まなければ、

それは起こらないのだとも思いました。


「それでは、瑠史さんは何で光り輝きますか?」

師匠は、プリントに目を移し、
最初の質問に戻しました。


『真理に目覚めたブッダの弟子は
智慧によって光り輝く』

ことに対し、
『笑いで光り輝く』という答えは、
自分自身への嘘とごまかしだったのです。


「私は、真実によって光り輝きます」


私は答え直しました。

「真実ですか、真実なら強そうですね。
真実なら、充分光り輝けるのではないですか?」

師匠は言いました。


お寺の帰り道、私は『決心』を実行に移しました。


「憎しみ合いはもう疲れました。
お父さんに帰って来てもらって、
親戚とお母さんのごたごたから手を引きたい。
なんにも心配しないで育児を楽しんで、
かんのんいんのことだけやっていきたいの」

と父にメールを打ったのです。

妹と、妹の子供、
それから私と私の息子の四人で、
ショッピングモールへ出かけた時のことも書き、

「私は自分の家族と妹と仲よく生きていくことしかできないし、
それしか頑張れない。
意地を張るのは終わりにして、
これからはお父さんに守ってもらいながら、
苦労なく生きていきたいのです」

と書きました。


すると、

「今までもらったメールの中で、
一番素敵なメールをありがとう、
とてもハッピーです」

という返事が、
父から届いたのです。






スポンサーサイト
  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

心の傷



辛かった子供の頃の話を聞いてもらうと、
突然足がつり始めました。

「足がつりました」と言って投げ出した私の足を、
師匠は優しく撫でてくれました。

「体育の授業の前の時間から、
とにかく暗い気持ちになったんです。」

と私がなおも話を続けると、

「前の時間ではなくて、
前の日くらいから始まっていたのではないですか?」

と師匠が言いました。


たったそれだけのことだったのに、

もしも母に、師匠と同じ優しさがあったなら、
私はもっと救われていたに違いないと思いました。


確かに私は、
たった一人の子供部屋で、

体育の授業のある前の晩は、

その憂鬱を誰にも打ち明けることなく、
時間割を見つめながら暗い気持ちで過ごしていたのです。

運動会の前の、ほとんど毎日を体操着で過ごす日々は、
私にとっては拷問でした。

誰にも見られたくない私の足の傷は、
私の心の傷だったのです。

それを人前でさらして、

その傷は何なのか、どうしたのかと、
群がってくるクラスメイトにいちいち説明しなければならず、

心無い友人からはひどい言葉で傷つけられ、

「かわいそう!」と言われれば、

「そうなの、かわいそうでしょう!」と、
何でもないことのようにふざけて笑い返し、

「気持ち悪いってあの子が言ってたよ」

と言われれば、

「教えてくれてありがとう!」と礼まで言って、

血をだらだらと流しているずたずたの心の傷を、
誰にも悟られないように、すべてを笑いに変えて、

その『戦場』を生き延びるしか、方法がなかったのです。


「もし、傷ついて帰っても、
母が辛かったねと抱きしめてくれれば、
また頑張って学校に行くことができたかもしれませんが、
それどころか、家に帰ったらもっと苛められたんです」

と私は師匠に言いました。

「大変でしたね・・・
なみこちゃんは、どこで休んでいたのですか?」

と聞かれ、

「夜、両親が寝静まってから一人きりの部屋で、
布団の中で丸くなって一人で泣きました」

と答えました。

「あら・・・大変でしたねえ」

と言いながら、
師匠は私の背中や足を摩りました。


しかし、そこで私の心は閉じてしまい、

師匠に摩られ続けながら、
私は何も話すことができなくなり、

泣くわけでもなく、ただ一点を見つめながら、
優しくされている自分を、他人のように感じたのです。


「でも、お父さん、
なみこちゃんがかわいいから、
それを選んだのではないですか?」

少し時を置いて、
突然師匠が言いました。

私は黙っていましたが、

師匠は、私の足の手術のことを言っているのだと思いました。

私が、

「こんな想いを繰り返さなくてはならなくなったのは、
全部父親のせいだ」

と、無意識層で恨んでいるのを、
拾ったのだと思いました。

でも、辛かった話を師匠にすっかり聞いてもらい、
優しくしてもらって復活しかけている私は、

父を恨むのをやめたいと、
強く思ったのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

ピエロ



「ある決心」をしたものの、
なんとなく行動に移すことのできないまま、

その翌日はお寺で開かれた仏画の会に参加しました。


『広い道に捨てられたゴミの山から
蓮の花が香気と喜びにあふれて咲くように
迷いと煩悩の
暗闇にいる人々の中
真理に目覚めたブッダの弟子は
智慧によって光り輝く』

というダンマパダの一小節がその日の題材でした。

「ちなみに瑠史さんは、
何によって光り輝きますか?」

と師匠に問いかけられ、

「そうですね・・・私は、笑いです」

と元気よく答えました。


すると師匠が「笑いですか」と言って目を逸らしたので、
自分の答えたその答えには、

なにか『影』が潜んでいたのだと、
自分で分かりました。


「子供の頃、
私は特技といえるものは特になかったですし、
引っ込み思案なのが気になるとか、
そそっかしいとか忘れ物が目立つとか、
だいたいそういう短所が成績表に記されていたんです。
でも、小学校中学校の9年間、必ず書いてもらった長所が、
『ユーモアセンスがあります』ということだったんです。
担任が代っても必ず書かれていたので、
たぶん私は、人を笑わせるのが得意なのかなと思って」

私は、師匠に言い訳をするような気持ちで、
子供の頃の成績表の話をしました。

しかし師匠は、

私の心の傷に焦点を当て始め、

「でも、瑠史さんの言っている『笑い』には、
サービス精神がとても大きく乗っているように思うのですが」

と言いました。


今度は私が、師匠から目を逸らしました。


しかし、師匠は私に意地悪しているわけではなく、

私の心の傷を手当てしようと思って、

私が自分にごまかして隠そうとしている『心』を、

また逃げ出そうとしている『心』を捕まえようとしているだけなのです。


「たしかに。
以前、ホメオパシーの先生に『ピエロのレメディー』を、
出されたことがありました。
あなたは顔で笑って心で泣いているのよって言われて。」

私は白状しました。

「だって、笑いに変えないと生きられなかったんです。
週に二回体育の授業があったとして、
小学校から中学校の9年間、
週に二回ずつは憂鬱な、
どこにも逃げられない苦しみに襲われたんです。
足の傷の話なんて家でしたら、
『戦場での話はするな!』って感じに、両親から罵倒されましたから。
私はだまってブルマを履いてみんなと同じに体育に参加するしかなかった。
嫌だとか恥ずかしいとか見せたくないとか、言えなかった。
傷のことをからかわれても、歩き方のことを笑われても、
一緒に笑うしかなかったんです。」

私は一気に、ピエロだった自分のことを打ち明けました。

「それで、ピエロのレメディーが出たんですね」

師匠は黙って、
私の背中を摩りました。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

決心

実家に帰るたびに、
隣家の伯父の家に挨拶に寄ってほしい、

という提案を本家の伯母から受け、

「わかりました、
伯母さんありがとう」

という返事をした後に、

心の中にモヤモヤが広がりました。


「昨日あんなことがあったのに、
なぜ電話の一本よこさないのか」

と、本家の伯父が怒っているという、
そのいらない報告を受けたことがまた、

私の中で『消化できないモヤモヤ』を膨らませたのです。


モヤモヤは、

「なんであたしが怒られなければならないのか」

という怒りへと、次第に変わっていきました。


「次世代へ引き継がせないためにも、
努力してほしい」

という伯母の提案にさえ、

「努力ならこれまでにうんとした、
あんたたち大人同士の喧嘩に、
5歳のときから巻き込まれ続けているんだからな!
こっちは!」

という反抗的な心の声でしか、
答えることができなくなってしまったのです。


モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、

その日は、妹と、
妹の二歳の娘と私、

それから生後5か月になった私の息子との4人で、

ショッピングモールへ買い物に出掛けました。


赤ちゃん用に用意されたお店のバギー二台で、
仲良く並んでそれぞれカゴを持ち、

「まさかまりちゃんと、
こんなふうに赤ちゃん連れて並んで買い物する日が来るなんて、
夢にも思わなかった!」

と私が言うと、

「ね!楽しいね!」

と妹も笑いました。


私と妹は、
ホメオパシーの相談会やお寺に通いながら、

姉妹の確執を少しずつ解決させ、

何年もかけて、
ようやくここまでたどり着いたのです。


妹の娘は、自分のバギーから手を伸ばし、
私の息子の手を握ったり、
頬を触ったりして、その買い物を楽しんでいました。

私だって、子供の頃には、
本家の従妹や隣家の従弟と、
仲良く遊んだ日もあったのです。


「この悪い関係を次世代に引き継がない為の努力」

とは、

私と妹が曇りなく仲の良い姉妹となって、
この小さな子供達の罪のない関係を、

温かく優しく見守り、
育むことだと思いました。

そのためには大人の私たちが、

「心の中に恨みや憎しみを持たないこと」

なのだと、

その買い物中にはっきりとした答えが出たのです。


「私、どうすればいいか分かった。
お父さんに電話してみるよ」

買い物を終えて『ある決心』をした私は、
妹にそう言い残し、家に帰ったのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

違和感



実家で起きた事件を妹が一人ですっかり解決をして、

「ついに私の出る幕がなくなったのかしら」

と思いながら、
少しさみしい気持ちにも襲われつつ就寝すると、

翌朝本家の伯母から電話がかかってきました。


伯母は、

「この悪い関係を次の世代へと持ち越さない為にも、
私は努力をしてみようと思う」

と言いました。

「友人に霊能者がいて、その人に聞いてみたところ、
私はノブちゃんの、
母親代わりになるご縁があると言われたの。
私がお嫁に来てノブちゃんと仲良くなる前に、
お祖母ちゃんが亡くなってしまったんだと言われてね。
だからこれからは、ノブちゃんに煙たがられたとしても、
それでも自分をノブちゃんの母親だと思って、
近づいて行こうと思う」

と伯母は言い、

「そして瑠史さんとまりちゃんは、
実家に帰ってくる度に、お隣の伯父さんの家へ寄ってもらいたい。
最近どうですかと声をかけるだけでいいから、
なるべく毎回寄ってもらいたいのよ」

と言いました。

事件の後、本家の伯母が隣家の伯父に電話を掛けると、
頑なに心を閉ざしているはずの伯父が、

「ノブにひどいことを言って悪いことをした」

と言って、電話口で泣いたというのです。

「だから私、
じゃあノブちゃんに電話を掛けてそう言えばって言ったのに、
それができないんだよねえ。」

と伯母はため息をつきました。


妹にその話をすると、

「へえ、伯父さんが泣いたんだ?!」

と驚きました。

そして、

「ヒロくん(隣家の従弟の仮名)、
じつはもうあの家にいないんだって」

と言いました。

「精神科に行ったら、
統合失調症の初期症状と言われたみたいで。
伯母さんは言葉を濁していたけど、
なんか、どこかの施設に入院しているみたいだった。」

という驚きの報告を妹から受けた私は、

「お母さんをあれだけ精神病院に閉じ込めようとしていたのに、
自分が入院したってこと?」

と言わずにはいられませんでしたが、

「まさしく因果応報だよね。
お母さんを迎えに来る精神病院を躍起になって探したり、
警察に連行させようとしてみたり、
一番頑張っていたヒロくんが。
その強いエネルギーは、自分にそのまま跳ね返ってきたんだね」

と、妹も首を縦に振ったのです。


「でもね、昨日あんなことがあったのに、
どうしてなみこは電話ひとつよこさないんだって、
本家の伯父さんが怒っていると、
最後に伯母さんから叱られたの」

という報告も妹に付け足した後、

私は、

一件正しく綺麗に見えた、
本家の伯母の『提案』に、

奇妙な違和感を覚え、

一日中、
喉の奥にしこりのようなわだかまりの引っかかっているのを、

感じたのです。



  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

カルマ


「私が呼び出されて実家に着いたときにはね、
もう警察もいなくなっていて、誰もいなくて、
お母さんも車に乗ってどこかにいなくなっていて、
何事もなかったかのように、しんと静まり返っていたの」

むしろその状態が、
なんとも気味の悪い感じがしたのだと言いながら、
妹は話をつづけました。

「まずは本家に行って、伯父さんと話したの。
伯父さんはお母さんを病院に入れろとしか言わなかったけど、
うちのお母さんさえいなくなってくれれば解決するから、
お母さんを消そうという思いで病院に入れても、
それは本当の解決にはならないって、話したんだ」

と妹は言いました。

「それでも何度もまた伯父さんは、
お母さんを病院に入れれば解決するという方向に話を戻したの。
だから私は、お祖母ちゃんの出戻りの妹の話を蒸し返して、
その正体を隠した上で本家の二階に収容するなんて、
そういう間違ったことをしたカルマが根底にあって、
お母さんがまた、
その妹さんと同じことになっているでしょって言ったの。
今回お母さんを病院へ『隠し』たら、
私たちの子孫の誰かがまた同じことになるだけで、
負のカルマを繰り返すだけなんじゃないですかって、言ったんだ」

と妹は続けました。

それは、本家の亡くなった祖母の実の妹の話で、

『気がふれて出戻った』というその妹は、

本家の伯父や隣家の伯父、
そして母の実の叔母であるのにも拘らず、

その名前も正体も隠されたまま、

離れの二階にひっそりと、
存在自体を隠されたまま生涯を終えたのです。

『気がふれた』ということを世間から隠すため、
そして『出戻った』ということも世間に知られないようにするため、

お嫁に来た本家の伯母でさえ、

「あれはお蚕さんの手伝いの人だと教えられていたから、
まさかお祖母ちゃんの実の妹だったなんて、
亡くなった時になって初めて本当のことを知ったのよ。
未だに名前もわからないの。誰も名前を知らないのよ」

と言っていて、

母も、

「あれは頭がおかしいんだから口を利くなと、
厳しくお祖母ちゃんから言われていたから、
あのおばさんのことはずっと怖かった」

と言っていたのです。

自分の実の妹を、

「あれは頭がおかしいのだから」

と言って自分の子供たちにさえ、
その正体を隠した祖母のカルマを、

伯父や母が、そのまま受け継ぐことになり、
今の事態が巻き起こっているのです。


「それから次はお隣の伯父さんの家に行ってね、
そこでは伯母さんの水子さんの話になったの」

と、今回の騒ぎがあって、
ついに実家の隣家へ上り込むことになった妹は話を続け、

「お隣の家に初めて上がったけど、
とにかくどこもかしこも、暗かった」

と言いました。


「伯母さんね、昔三人目の赤ちゃんを中絶してるんだって」

私も知らなかった話を伯母から聞きだした妹は、

「赤ん坊なんかもういらないって、
伯父さんに言われて堕ろしたんだって」

と言いながら、

「なんだかみんな、揃いもそろって同じなんだよね」

と言いました。

「生まれた方の長男だって、
伯父さんは『堕ろせ』と言ったから、
お腹を自分で叩いたりして、自分で流産しようとしたんだって。
私一人で妊娠したわけじゃないのにって思いながら」

と妹は続け、

隣家の長男(従弟)が、
お腹の中でどんな目に合っていたのかを想像し、
私と妹は、隣家の従弟に対して同情の気持ちを抱きました。

三年前に隣家の従弟とファミレスで話をしたとき、

「自分は父親に愛されていない。
あいつは誰のことも愛していないし、
あいつにとって大事なのは金だけなんだ」

と暗い眼をして言った従弟は、

「自分は呪われているんだ。
あの土地はきっと呪われているんだ」

と言ったのです。


その従弟が中学生の時にイジメをして、
苛められた相手の生徒が自殺をしてしまい、

その亡くなった生徒の母親の想念が今でもこちらに送られ続けていて、

その生霊を母が拾って罵詈雑言を叫んでいる、

ということがわかったのが、
去年の今頃のことだったのです。


「伯母さん話しながら泣き出してね、
私も一緒にお寺に行くって言ってくれたの。」

と言った妹に、

「まりちゃんすごい、
大活躍だったのね!」

と思わず叫んだ私は、

30年以上も関わりを持たないまま、
隣同士で住み続けた薄気味の悪い『親戚関係』を、

ここまで変えることのできた喜びに、浸ったのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

修羅場



「お母さんが、観音様の部屋の窓を開けて、
大きな声で叫んじゃったんだって。」

妹は、
母の『狂った』顛末を話してくれました。


「そうしたら、実家の裏のアパートの住人で、
喘息持ちのおばさんがいて、『それあたしのこと?!』って、
実家に乗り込んできたんだって。」

妹の話に耳を傾けつつ、
つい、くわばらくわばらと呟きたいような気持ちになりました。


「それでお母さん恐くなって出ないでいたら、
そのおばさんが隣の伯父さんの家に行くのが見えたから、
また伯父さんに言いつけて警察呼ぶのだと思って、
慌てて追いかけたんだって。」

非日常的な気味の悪い展開に、
だんだん元気をなくしつつ、「それで?」とこわごわ続きを聞きました。

「そのおばさんはね、伯父さんの家に行って、
あんた親戚なんでしょ何とかしてよって言おうと思ったらしく、
喘息の発作も出ちゃったらしいんだけど、
後ろから追いかけてくるお母さん見てもっと怖くなって、
隣の伯父さんの家に無理やり入って中からドア閉めちゃったんだって。
それで伯母さんに警察呼んで!って喚いたらしいんだけど、
伯母さんにしてみればいきなり他人が家に押しかけてきて、
警察呼んでって喚くんだから恐いよね。
さらにうちのお母さんが外からドアをガチャガチャやりながら、
開けて!開けて!って叫んだんだって。」

なんてホラーなのかしら。
呪われた土地って、日常にこんなホラーを巻き起こすのね、
などと思いながら聞きました。

「伯母さんはそのアパートのおばさんに、
出てってください、自分で警察呼んでくださいって言ったんだけど、
すごい大騒ぎになってるから仕方なく警察呼んだんだって。
その間、伯父さんはドアの壊れる心配しかしてなくて、
『おめえは頭がおかしんだ!!』って、家の中からお母さんに喚いたんだって。」

「・・・狂ってるね。」


私の感想は、それ以外ありませんでした。

ドアの壊れる心配しかしてなくて、
おめえは頭がおかしんだ!と、

隣り合って住む実の妹に家の中から叫ぶ兄も、

狂っていると感じたのです。


もし妹が発狂したら、

私ならそんなことはできないし、

もし私の娘が狂っても、

息子はもっと愛情いっぱいに対処すると思うのです。

それがもし、たとえ刃物を手にしていても、

血の繋がった身内を、

恐がることはきっとない、と思いました。


狂っている、というよりは、

愛情に欠けたみんなの心が不憫になりました。


みんな、愛情に欠けているのです。


「それで私、本家と隣家との両方に上り込んで、
いろんな話をしてきたの。」

修羅場の話を終えると今度は妹は、

事態を収めた詳細を、
話して聞かせてくれたのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

呼び出し



妹の家にお地蔵様がやってくることの決まった後、

今度は、実家の隣家の伯母の夢を見ました。

実家の隣家の伯母が、
母に向かって、

「しね、しね」

という念を送りつけているのです。

「おまえだけではなく、全員しね、
おまえに関わるものみんなしね」

と、

伯母が真っ暗な穴の中から、
目だけを光らせて「しね」を送ってくる、

という恐ろしい夢でした。


「なんか怖い夢見た。
あの『しね』が、お母さんの耳にも聞こえたら、
また家の中から叫んでしまうかもしれないから、
今日あたり様子見に行った方がいいかな?」

と妹と娘に相談をすると、

「私今日、あーちゃん連れて行ってくるから大丈夫だよ!」

と妹からの元気のよい返事が返ってきたので、

その夢のことはそのままなんとなく忘れていきました。


しかし、その夢を見た5日後の朝、
長男長女に朝食を用意した後、

生後5か月になった次男の横で二度寝を貪っていると、

携帯電話に、本家の伯母と、
妹から何度も着信のあったのを発見しました。

「いやな予感」

とひとり呟き留守電を聞くと、

「お母さんがまた狂ったのですぐに電話ください」

という本家の伯父からの伝言が入っていました。


早速妹に電話を掛けて、「大丈夫?」と様子を伺うと、

「大丈夫じゃないよ・・・今、本家にいるの」

という返事でした。


その日は相談のお客様の予約の日だったので、
仕事を終えてもう一度妹に電話を掛けると、

「今度は今、お隣の伯父さんの家にいるから」

と妹は答えました。


なにやら、
本家と隣家の両方へ一人で上り込んでいる妹のことを、

お地蔵様が入ることになったので、
未浄化の先祖霊たちに呼び出されたのかと感じました。

結局、何度も繰り返し見る恐ろしい夢の舞台は、

必ず母方の『土地』なのです。

父方の親戚だって北海道にたくさんいるのだし、
私にしても夫の元へ嫁いで二十年以上が過ぎたというのに、

私と妹、そして私の娘までもが、

そういった他の親戚のことを夢に見ることはなく、

いつでも母の兄弟と、
その兄嫁のことを、実家や本家の畑を舞台に見るのです。


おそらく、
実家の聖観音も妹のお地蔵さまも、

母の実家を中心とした土地の浄化をするために、

サポートとしてやってきたのに違いない、

と思わざるを得ない私は、


どんなに遠くへ逃げたとしても、

結局この問題からは逃げられないようになっているのだろうと、

ため息をついたのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

女たちの想念



「水子供養が終わるとね、
ご住職が振り向いて、
私の水子さんは、私の抱く父親への恨みで、
どろどろの泥沼でとても汚れた状態でした、って言ったの。
だからご住職がその沼から私の水子さんを救い上げて、
綺麗な泉で洗ってくれたんだって」

妹は、水子供養の日の報告を、
私に聞かせてくれました。

「それで、どうも、
私の水子のことだけではなく、
いろんな、水子にかかわる『女』の想いが、
ごちゃごちゃ蠢いているからと言われて、
うちにお地蔵様をお祀りすることに決まったんだ」

と妹は言いました。


土地の浄化をしたことで、
あの土地の地中深くに埋まりこんでいた『女たちの想念』が、

浮上したのだと思いました。

それは、
本家の祖母から母に分け与えられたあの因縁の土地に根付く想念であり、

同じく母の上の兄二人の住むあの土地と畑、

それから母の二人の兄の元へ嫁いで来た嫁たちと、

そして母と私、妹と娘、従妹達、

みんなの中に根付く『未浄化の想念』なのだと思ったのです。


同じ波動を持った者たち、
同じ思いを抱えた者たちが引き寄せあって、

『家族』『親戚』という集団を作っているのですから、

あの土地に関わる者たち全員に、

もれなく、その想念が根付いているに違いないのです。


その代表で、

今度は妹の家にお地蔵様が入ることになりました。


それはつまりは妹が、
自分の抱える問題をひとつクリアして、

次の大きなお役目を与えられたということなのですから、

その報告を聞いた私は、
本当に嬉しい気持ちでいっぱいになりました。


実家には聖観音、うちに十一面観音、
そして妹の家には、

お地蔵様がやってくるのです。


「それなら、お地蔵様にちなんだ屋号をつけて、
まりちゃんも『利他行』を本格的に始めないとね」

と私が言うと、

「なんていう屋号にしようかな」

と、妹は嬉しそうに笑いました。


が、その数日後に、

お決まりの『魔物たちの邪魔』が入り、


わかっていたこととは受け入れつつも、

私たちはまた、

恐い思いをすることになったのです。







  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

お地蔵様



妹との深い心の傷のシェアを終えると、

妹の通うホメオパシーの学校で手に入れたという、

『土地の浄化』という液体を、実家の周りに撒くことになりました。


水で薄めたその液体を、
家の周り一周撒きながら歩く妹の後ろを、
私はお経をあげながら着いてまわりました。

「これは飲んでも大丈夫なんだよ」

と妹に勧められ、
撒き終えた後には、実家の母と私と妹とで、
『土地の浄化』を乾杯して飲みました。

すると、
土地の浄化を撒き終えた数日後、
また不吉な夢を見るようになりました。


ある晩には、
消灯して眠りにつこうと目を閉じた瞬間に、

瞼の裏側にたくさんの赤ん坊の目が視えたので驚いて目を開けると、

横で眠っていた娘が目を覚まし、

「たくさんのお地蔵さんのいるお寺に連れて行かれた・・・
一番怖い大きなお地蔵さんの前で、
お母さんとバアバと、手を合わせたところで目が覚めた、
ああ怖かった」

と言いました。

同じ晩には妹も不気味な夢を見ていて、

「たくさんの、腐ったとうもろこしをトラックの荷台に積んで、
お父さんが実家に帰ってきた夢を見た。
実家の前の、隣家の伯父さんの土地に配分された私道が、
水でびちゃびちゃになっていたの」

と言い、

それを聞いた娘は、

「ああ、その晩に私も同じような夢を見た。
あの私道と、本家の畑が不潔な沼になっていて、
すごく恐い蛇が這い出して来たの。
『ほら、バアバが管理しないからこんなことになってる』って、
夢の中で叫んで目が覚めたよ」

と言いました。


実家の前にある本家の畑の夢なら私も、
これまでに何度も何度も繰り返し見ていて、

ある時はたくさんの死体が埋められていて、

ある時は沼と化したその地面から、
恐ろしいヤマタノオロチが這い出してきて、

実家に向かって襲ってくるのです。


妹と娘がその恐ろしい夢を見た晩には、

私は、堕りかけた赤ん坊のいる自分の腹を手で押さえつつ、
だらだらと血を垂らしながら本家の畑の周りを彷徨うという、

何とも気味の悪い夢を見て目が覚めました。


その数日後に突然、
妹が十年以上前に亡くした自分の赤ちゃんの、

水子供養をすることになりました。


ご供養の日の朝、

「今日を境に、まりちゃんの人生は一気に跳ね上がるね」

とメールを送った私に、


「うちに、お地蔵様をお祀りすることに決まったの」

と、

嬉しい返事が届いたのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

魔物



子供のころから、
『足が悪い』というハンデを負っていた私は、

「私が面倒見てあげる」

というエネルギーで満々の女子たちに、
囲まれ庇護されながら、日々を過ごしてきました。


四月がやってきてクラス替えのある度に、

新しいクラスメイトからの「その傷どうしたの?」という質問に始まり、

私に同情を示す数名の女子生徒の、
「私が一緒にいてあげる」という相手側の意志だけで、

その年の『友達』は決定したのです。


体育や水泳の時間になると男子生徒にからかわれたり、
時にはひどい言葉を浴びせられる私を、

「そういうことを言ってはいけないんだよ!」

と庇うその『友達』は、

苛められている私を見て、

喜んでいるようにも見えたのです。


『庇う』という方法で私を差別するその『友達』を、
本当の友達とは思わないことだけが、

たったひとつの私のプライドでした。


しかし、

年が変わるたびに、
中学生になっても高校生になっても、

ついには大人になっても現れ続けたその『友達』が、

妹の化身だったことに、
ついに気が付いてしまったのです。


唯一、私のことを差別せず、
私に気を遣う妹が、

あの家で余計に私を孤独に陥れていたのだと、

私は妹に抱き続けてきた嫉妬と劣等感を、

直視しました。


嫉妬と劣等感、

それが私の心に住み着く『魔物』の正体でした。


嫉妬と劣等感が増せば増すほど、

私の孤独は癒されず、


孤独になればなるほど、

嫉妬と劣等感にまみれていく自分を、


私は決して受け入れることができず、
愛することもできなかったのです。


妹と私は、

私たちのそういった『関係』をやめるために、

お互いの心の中の魔物を見せ合いました。


すると滞っていたえエネルギーが動き出し、

妹の人生が変わり始めたのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]



生まれてからの今日までの人生、
私は常に孤独を味わい続け、

そして周囲からの疎外感を感じながら生きてきました。

それは生まれついて持ってきた、
先天性股関節脱臼という病気のせいで、

子供の頃に嫌というほど積み重ねてきたトラウマによるものだと思ってきたのです。


しかし妹からの告白で、

私が本当に孤独を感じていた原点が、
自分の過ごした家庭にあった、ということを、

ついに直視することとなりました。


私が孤独だったのは、

幼稚園でも学校でもなく、
就職先でも嫁ぎ先でも、

ママさんともだちの間でもなく、

人生の一番最初に与えられた、
家庭にあったのです。


私は、
両親と妹から、

イジメにあっていたのです。


直視するには辛すぎるその現実から目を逸らした私は、

学校や勤め先で、
嫌な思いを繰り返し、仲間外れにされたりしながら、

本当の『核』となる問題をすり替えながら生きてきたのだと、

自分につき続けてきた『嘘』を直視しました。


「小さかった私には、
お姉ちゃんの足が悪いなんて、
全く目に入らなかった」

と妹は言いました。

「お姉ちゃんは他の人とは違うんだ、
特別なんだから、気を遣わなければならないんだ、
憐れんで、同情しなければいけない、
という価値観を、
親が私に植えつけたの」

と妹は続けて、

「でも、憐れみという特別視の裏側に、
ワンセットになっている『見下し』を、
受け入れたのは私だから」

と言いました。

そして、

「私もお父さんとお母さんと一緒に、
お姉ちゃんを見下しながら生きてきたの」

と言ったのです。


これを私は知りたくなかったのだ、

私が一番恐れていたことは、
これを知ることだった、

と思いました。


私が世界で最もバカにしている両親に、
私自身が見下されていること、

そして、唯一の味方だと思ってきた妹が、

本当は両親と一緒になって私を見下していること。


それを見ないように見ないように、

そんなことない、あるはずがない、

見下されているのは私ではなく両親の方で、

私は家族に必要とされて受け入れられて いるのだと、


実家で暮らした20年間、
私は必死で、

自分に嘘を突き通しながら生きてきたのです。








  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY

プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

個人セッションのお申し込みはコチラまでメールにてお願いいたします。
facebookはコチラ

☆サイト『ココナラ』さんでもメール相談を受け付けています☆

最新トラックバック

カテゴリ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

かんのんいんカウンター

« 2015 02  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR



.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。