真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

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トンネル



妹から母の中絶手術の話を聞いた晩、
夢を見ました。

暗いトンネルの入り口で、

そこを通らなければ先に進めないという状況に陥っている私が、
恐怖と戦いながら躊躇している、という夢でした。

奥にすすんで行くととても恐いものがあることは、
わかっているのです。

それでも通らなければその先へ進めないのですから、

覚悟を決めて、そのトンネルの中へ入っていくことにしました。


奥へ進めば進むほど、
暗くなっているそのトンネルにおそるおそる入って行くと、

傷だらけの子供たちが、
瀕死の状態で横たわっていました。

「ああ怖い!」

と、私は足がすくんでしまいました。

その子供たちに近寄るのが恐く、
目を覚ましてほしくないと思ったのです。

しかしその中で一番年嵩の男の子が私に気付き、
体を起こしてこちらへ威嚇し始めました。


傷だらけの瀕死の状態なので、
これ以上傷つけられないようにと、

近づく者に威嚇しているのです。


私は恐くなり、
子供たちのためにとお菓子を差し出しました。

「あとでみんなで食べてね」

とだけ言うと、
そそくさとその場を離れたところで、

目が覚めました。


目が覚めて、

「あれが私のインナーチャイルドだ」

と思いました。

みすぼらしい格好をして、
守ってくれる大人の存在もなく、

傷だらけの瀕死の状態のまま傷の手当ても受けることなく、
ただ、暗いトンネルの中で横たわっているのです。

自分の受けた傷を見ることを怖がり、
目を背けたままでいるならば、

あの子たちが可愛そうなのだと思いました。


その日の午後、
妹と一緒にお寺へ出かけました。

護摩祈願の法要が終わると師匠が振り向いて、

「ご実家のお母さん・・・何か怒ってるんですか?」

と私たちに聞きました。

「すごく怒っていて・・・瑠史さんでなく、
今日はまりこさんの後ろに憑いてきているみたいなんですが・・」

と言うのです。


「怒っているとすれば父のことだと思うのですが。
今週、北海道から帰って来て実家で母と過ごしているもので」

と私が答えると、

「あの・・今、インナーチャイルドのことをやっていて、
母の中絶のことを紐解いているんですけれど、
それと何か関係あるのかな?」

と、ハッとしたように妹が言いました。

「あら、そうなんですか。
お母さん、そのことをすごく怒っているみたいですね。
でも・・・お母さんのその時の怒りを、
まりこさんがそこまで引き受けなくてもいいのではないですか?
大変ですよ?」

と師匠が答え、

そのままお茶の時間になり、
私たちは安全なお寺で師匠に聞いてもらいながら、

私と妹の共通のトラウマとなっている、
『中絶の問題』について、

シェアすることになったのです。




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深層



それから妹は、

「イメージの中でお母さんを抱きしめて、
それから二歳の自分を抱きしめたの。
お母さんはもう大丈夫だからねって、
辛かったし心配だったねと声をかけて、
それから何がしたい?と聞いたら、
二歳の小さな私は、
お姉ちゃんと遊びたいって答えたんだ」

と話をつづけました。

「だから一緒に手を繋いで、
お姉ちゃんの部屋のベッドの上で一緒に跳ねたの」

妹がそう言うと、

見つめあった私と妹の瞳に、
同時に涙がこみ上げました。


「辛いことばっかりの子供時代だったけど、
楽しいこともあったよね。
一緒にベッドの上で跳ねて遊んだり、
屋根の上に登ったりしたんだよね」

私は、辛かった子供時代の、
愛のないあの暗い実家で、

小さな、かわいい妹と遊ぶことだけが癒しだったと、

甘く懐かしい思い出に想いを馳せました。


それから、小さな息子の、
小さな手のひらを握って、

つぶらな瞳を見つめました。


「あの年は、私は小学三年生だった。
お父さんが上司と喧嘩をして急に会社を辞めてきて、
私の健康カード父の職業の欄に『無職』と書いて、
そんなこと書いて子供に恥をかかせないでって、
お母さんがお父さんを詰ったのを覚えてる。
それからお母さんが中絶してきて、
洞穴みたいな真っ暗な部屋で、
昼間から死んだように眠っていたこと、
まりちゃんが深夜に肺炎にかかって救急車で運ばれて、
お母さんが『罰が当たった、あんなことしたからバチが当たった』と、
喚いていたのを覚えてる。」

私もその年の記憶の断片を妹に話しました。

「それに小学校三年生の時の担任の先生に、
私ものすごく苛められたんだ。
学校に行くのが毎日辛くて毎日学校を休みたかった。
宿題を忘れて怒られたり、雑巾忘れて立たされたり、
いやなことばかり毎日あったの。」


そこまで話すと、

九歳の時、自分は母と一緒に罰を受けることにしたのだと気が付きました。

学校を休みたかったのは、
どこへも出かけずに母のそばにいたかったのだと、

母が心配な為だったのだということに、気が付いたのです。


「お母さんが自分を責めていたから、
お姉ちゃんが先生に苛められたんだね」

妹が付け足しました。


確かに、私が学校でイジメにあったのは、

その年と、

そして母が不倫をしていた中学三年生の時、

その二回だけだったのです。


やはり子供がイジメにあったり、
学校でトラブルを起こすことの背景には、

このように必ず家庭での問題が隠されていて、
そのことには、親も子供も気付かずにいるものなのだと、
もう一度再確認したのでした。


そしてその翌日私と妹はお寺へ出かけ、

師匠に言われた一言で、

心の、もっと深層へと入っていくことになったのです。




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服従



由井寅子先生の元へ、
インナーチャイルドセラピストの学校に通い始めた妹が、

「二歳の時の自分を呼び出したけどうまく繋がらなくて、
その年に中絶をしたお母さんとまず繋がったら、出てきたの!」

と報告をしてきてくれました。


「二歳の時・・・に辛い出来事が起きて、
そのまま固まっているみたいですね」

と、師匠が妹の背中に触れて言ったのが、

実家に観音様の入った六年前のことでした。


観音様の開眼が終わり、
実家の居間でのお茶の時間になると、

妹が突然父を指さし、

「どうしてあの男がここにいるの?!」

と豹変し、

それを見た師匠が、
妹を観音様の部屋まで連れて行き、
妹の体に触れながらカウンセリングを始めたのです。


そのことがあってから、

妹が二歳で私が九歳だったその年に、
母が人工中絶をしたのだというところまで記憶を掘り起し、

私たちはそれぞれの『心の旅』を続けて来たのです。


「イメージの中にあの時のお母さんが出て来てね・・・
お母さんは風邪薬を飲んじゃったから中絶したと言っているけど、
本当は違うんだって言ったの。
お父さんが、三人目なんて欲しくないって言ったから、
それで堕ろしたんだよ。
もちろん薬も飲んじゃったんだけど、
本当の理由はお父さんに従わなきゃいけないっていう、
服従の真理からなの。
でもお母さんは中絶なんてしたくなかったんだよ。
あんなに赤ちゃん大好きな人が、そんなはずないでしょう?」

妹からその話を聞いた途端に、

私の子宮がギュッと痛み始めました。

「ぎゃあ、きゅうに子宮が痛いよ!
痛い痛い痛い!!!」

と叫ぶと妹は笑って、

「ね、このテーマをやりきってないからだね。
お姉ちゃんもインナーチャイルド、やりなよ」

と言いました。


ここまで頑張ったけど父を好きになれなかった、

という最終的な答えと母の中絶、

それが繋がっているように思うには思うものの、


そこを掘り返したところで、

私が父を愛せるようになるのかどうか、
それだけはどうにも、

モヤモヤとするばかりなのでした。






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完結



出家をして、
両親と向き合ってきちんとお別れをしようというときになり、

最後の最後に自分の中から出た答えが、

「私、お父さん大っ嫌い。
これでやっと別れられる」

という答えだったとは、

私は自分と自分の人生に、
がっかりしてしまいました。


大変なこともいっぱいあったけど、
数々の荒波を乗り越えて心の成長を遂げて、

私は両親を愛せるようになり、
大人になりました、

という結果を、私は夢見ていたのです。

しかしこのシビアな現実を受け入れることが、
私にとっての『大人になる』ということだったのです。

あの両親の元に生まれて42年、
出家得度した年に得た答えが、

どうしてもあの人たちを好きになれない、
というものだったとは、

ガクッと肩を落とした私を見て、
妹が笑いました。


そのタイミングで玄関のチャイムが鳴り、
父がやってきました。

「お父さんが来る前に答えがわかってよかったじゃん」

と妹がまた笑いました。


家の中に入ってきた父と顔を合わせたのは、
正月以来のことでした。

「おお、久しぶり」

と私の顔を見た父に、
私はまた笑いかけることができませんでした。

何度父に会ってみても、
私は父の目を見て笑うことができず、

ぎくしゃくとした不自然な空気を作ってしまうことが、
私の悩みであったのです。

しかしその答えが、
42年頑張ってみたけれど、
私はついぞこの人を好きになれなかった、

という答えだったのですから、

私はそれを受け入れて、
自分に無理をさせるのをやめることにしたのです。


いつものように父に気を遣い、
お茶を淹れて、お菓子を勧め、

父のために夕食を作り始めました。

好きでない人のためにいいこのふりをして、
このように尽くすことが私の苦しみだったのだと、
自分の正直な気持ちを直視しながら作業を進めました。

夢の中では、父を罵倒し暴力を振るっては満足し、
現実の世界では父の『いい子』を演じ続けてきたのです。


それを認めながら父に料理を振る舞い、

しかし「私、出家いたしましたので、
今日から瑠史さんと呼んでください」
というひと言がなかなか言い出せずに無駄に動き回っていると、

妹が何度も、

「ああ、瑠史さんか。
うっかり忘れて、お姉ちゃんって呼んじゃうんだよねえ」

とか、

「ねえ、瑠史さん、
この花瓶かわいいいね」

「お姉ちゃん、じゃなくて瑠史さん、
なにか手伝おうか?」

などと、

父に聞こえるように何度も私に呼びかけました。


それに対し、

『言い出せないよ』

と妹に何度も目配せを繰り返した私でしたが、


ついに覚悟を決めて父の前に正座をし、

「あの、私、出家させていただきましたので、
名前が瑠史に変わったんです。
私のことを瑠史さんと呼んでもらえますか?」

とつっかえつっかえ、
父の目を見ずにやっとの思いで伝えてみました。


すると父もやはり私の目を見ずに、

「ハハハ、なんだそうか、
瑠史さんね、ハイハイ」

と答えました。


「ねえ、こっちに来てみて、
得度しましたっていうすごい証明書が貼ってあるんだよ、
かっこいい、習字で書いてあるんだよ、お父さん」

と妹がすかさず父に声をかけましたが、
父がそれを見に来ることはありませんでした。


「で、こうして作務衣を着まして、
お客さんの相談に乗るお仕事をしているの。
今日も新しいお客さんが来て、さっき帰って行ったんだよ」

私は父に作務衣姿をアピールしましたが、

「ああ、ハイハイ」

とだけ答えた父は、
赤ん坊から目を放すことはありませんでした。

だよね、
照れているのもあるかもしれないけど、
こんなことは父にとっては、
『悪い寺に騙されて金を搾り取られてる』
というだけのことで、

こんなことで褒めてもらおうとしている私とは、
価値観が合わないのだから仕方ない、

と悟った私は、

私の中の子供の私に、

「お父さんはこんなことでは褒めてくれないよ。
だからこれでおしまいにしよう。
お父さんとはこれでさよならだよ。
ついに、最後の最後まで褒めてもらえなかったけど、
他に褒めてくれる人がいっぱいいるのだから、
諦めて出発しよう」

と言いました。


諦める、

という言葉には、

『問題を明らかにする』

という意味があるのだと、

いつか師匠が言っていたのを思い出しました。


私は、父と私の抱えていた『問題』を、
ついに明らかにして、

自分の中で『完結』させたのです。





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成功



両親に『瑠史さん』と呼んでもらうと決意をした数日後、
父が北海道から実家へと戻ってきました。

そして戻ってきた日の翌日の夕方、

父と妹と妹の子供が三人でうちへやってきて、
今後実家をどうしていくのかを話し合うことになりました。


「私、今日お父さんに改まって挨拶するつもりなの。
お父さんに瑠史さんと呼んでもらって、
あの家から完全に出ないと、足が治らないってわかったの。
実家の土地のカルマが深すぎて、
あそこに縛られている限りこの病気は治らないのよ」

父よりも先に到着した妹に、
ここにきて気が付いたことを話して聞かせました。

「でもね、あんなに嫌っていた両親のことだけど、
いざとなったらすごく寂しいよ。
あんな両親でも、私は愛されたかったし、
今でも嫌われたくない。」

妹に心の内を打ち明けると、

「本当にさ、ひどい家で育ったよね。
本当に、いっつも喧嘩してたよね。
ホメオパシーの学校に通うようになって、
改めてそう思うようになったけど、
私たちの心の傷はかなり深いし、
結構重症だよね」

と妹が答えました。


ではこんな特別な日には、
お互いをカードリーディングし合って、

きちんとけじめをつけようと言うことになり、

私と妹はカードを広げて向き合いました。


私の引いたカードは、

「本当のことを言え」

というメッセージで、

妹のカードは、

「見たくない問題を直視しろ」

というものでした。


「本当のことか。
じゃ、私からね。
私は、お父さんに可愛がられたかったよ。
気に入られたかったし、可愛がられているように見えた、
まりちゃんが羨ましかった」

と私は妹の目をまっすぐに見て話し、
もう一度カードを引きました。

引いたカードは、

「嘘つくな」

というものでした。


「嘘なんじゃない?
ほんとに可愛がられたかったの?」

と妹が言ったので、
もう一度胸に手を置いて目を閉じて、

今度は妹に、


「私、お父さん大っ嫌い。
これでやっと別れられる。
今日はお父さんに『さようなら』って言うよ」


と言い、

それからもう一度カードを引くと、


『よくできました』

というメッセージの、

『SUCCESS』

を引いたのです。






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神社



その夢を見て、
ある決心が沸き起こりました。

その決心のことを想うと心もとない気持ちにもなったので、

カードを広げて、セルフリーディングしてみました。


そうしてやはり、
それが『変容』への大切な一歩と確信を得た私は、


「これからは実家へ出かける時にも作務衣を着ていこう。
両親のことはお父さんお母さんではなく、
彼らの名前で呼ぶことにしよう。
それから私のことも、瑠史さんと呼んでもらおう。
出家したのだから、もう一度改まって挨拶をしよう」

と心に決めました。

肉体の『両親』とは、
得度式の日に別れたのです。

そうしてこれからは、

両親の仲違いの仲裁を、
子供の私としてするのではなく、

一歩他人の距離に身を置いた、

『瑠史さん』として相談に載ろうと思いました。


両親の仲違いに巻き込まれ続けた、
子供の自分ときちんと別れ、けじめをつけることに決めたのです。

もう二度と、両親との三角関係に戻り、
そこに甘んじてはいけないのです。


そう決めた晩に、こんな夢を見ました。

夢の中で実家にいた私は、

「そうだ!神社に行かなきゃ!」

と叫びました。


夢の中での自分の叫び声に目を覚まし、

なんだったんだろう、
神社なんて思い立ったこともないのに、

と思いつつもう一度眠りにつくと、

夢の中でまた実家へ引き戻された私は、

「神社へ行かなきゃね、
神社に行って犬のお守りを貰ってこないと、
あんたの足は治らないんだから」

と母に言われました。

「そうだね、でも私は今北海道に住んでいるのだから、
北海道から帰ってきたら神社に行こう」

と母に答えたところでまた目を覚ましたのです。


また神社だ、
神社がなんなのだろう、

お寺だけではだめなのかしら、

と思った後に、

「それに北海道に住んでいるって、
私ではなくお父さんなのに。
帰ってきたら神社に行こうって、
お父さんが戻ってきたら、神社にいかないとダメってこと?」

と疑問に思い、

やはり父が帰ってきたら、

何か大きく現実が変わるような気がしたのです。




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卒塔婆



夢の中で、娘が私に、

「お母さん、お客さんが来てるよ」

と言いました。

昼間なのになぜかパジャマ姿をしていた私は、
おそるおそる、居間を覗いてみました。

すると黒い服を着た父が、
背中を向けて木の板に鑢をかけていて、

父が連れてきたという、
北海道の父方の従弟が二人、
父と同じ黒い服に身を包み、それを覗き込んでいました。

「なんで勝手に人の家に上がってんの?!
こんな姿で出られるわけない、許せない!!」

私は怒りの気持ちでいっぱいになり、

「人の家に来るときは、
電話なり先にかけて断ってから来てください、
それが常識ってものじゃないんですか?!」

と、ふすまの陰から父に向かって叫びました。

他人の前で恥をかかされることを嫌う父が、
背中を向けたまま怒っているのがわかりました。

あのやろう、プライドだけは高いんだから、

とさらに腹を立てた私は、

「聞いてんのかこのやろう!!
そこに座れ、人の話を聞くときは正座しろ、
正座してちゃんと話を聞けえええええ!!!!!」

と言って、パジャマ姿のまま父のところへ出ていって、
私は父に掴みかかりました。

「だいたい人んちに土足で上り込んできて、
何やってんだ、日曜大工なんか自分の家でやってろよ!」

と言って、父の上に馬乗りになって力任せに首を絞めると、
父の『日曜大工』の板がそこへ散らばりました。

散らばったその板に目を向けると、
それはたくさんの『卒塔婆』だったのです。


それは北海道の、父方のご先祖様の卒塔婆で、

「おまえの家の観音様の厨子に入るように、
小さく切って鑢をかけていたところだった」

と父は言い、

私は父から手を放し、

「え、こんなにたくさんのご先祖様を、
私が祀らなきゃならないの?
あんな小さい厨子に、こんなに入りきるかなあ」

と答えたところで、目が覚めたのです。



目が覚めて、

「そうだ、昨日お寺で師匠に、
怒ってるんですか、と聞かれたっけ」

と思い出しました。

肝臓が固くなっている、
怒りの感情が出てきているのだと言われ、

その部分をバンバン叩かれたのです。

それで出てきたのが、
父に対する、抑圧した『怒り』だったのだと思いました。


「そこに正座して話を聞け、
体を揺らすな、爪を噛むな、眼を逸らすな!!!」

と怒り任せに正座させられた、
子供の頃を思い出しました。

父が、恐怖に駆られて体を揺らす私を、
力任せに叱りつけて抑圧した理由はいつでも、

父に向かって生意気な発言をしたとか、
子供部屋が散らかっているとか、

学校で出された宿題をないと嘘をついたとか、

そんな他愛ない原因についてでしたが、

「本当は自分が会社で嫌な目に合ったり、
バカにされたと感じた日に私を叱って発散して、
それから自尊心を取り戻していたんだな」

と気が付いたのです。


でも、あの卒塔婆はなんだったのかしら、
と嫌な予感がしました。


もうすぐ、北海道から父が帰って来るので、
母は「お父さんはやっぱり私が好きなのよ」と浮かれているのですが、

私には、ひと波乱ありそうな、
不吉な予感がするのでした。





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アドバイス



仏画の会が終わり、お茶の時間になって、

話の流れで、カードリーディングをすることになりました。


たまたま鞄に入っていたタロットカードを並べつつ、

仏画の会のメンバーの相談に載っていると、

「私も視てください」

と師匠が言いました。


冗談で言っているのかと思い、


あんたは自分でわかるじゃないのさ?


と思っていると、

師匠は勝手にカードを引き始めました。


師匠をリーディングするなんて、

死んでもできないことと思っていたのですが、


カードが並んでしまうと私は、

もう喋りたくて喋りたくてたまらなくなってしまい、

私は師匠に次々と『アドバイス』をしました。

そして、

「もう恥ずかしい、家に帰りたい!」

と叫びつつ、

さらに深いリーディングをして、

師匠の相談事に私なりの『答え』を出したのです。


その答えに納得した師匠は、

「瑠史さんは、やったほうがいいと思いますよ」

とたったひと言私にアドバイスを返してくれました。


師匠にカードを引いてもらってアドバイスをするなんて、

「本当はそんな答えはとっくに自分でわかっていたのに、
悩んでいるふりをして、私に自信をつけさせてくれたのかな」

と思うことにして、

穴があったら入りたいような気持ちを抱えたまま、
家に帰りました。


そしてその晩、

私はまた深い夢を見たのです。




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赤ん坊を連れて、仏画の会に出掛けました。

師匠に聞いてもらいたい話は山ほどにも溜まっていたし、

「ねえ・・・今お母さんの手に持っている刺繍枠の中に、
小さい赤ちゃんの顔があって、
目が合って全身に鳥肌が立ったんですけど」

などと娘に言われ始めていたので、

「もうお寺に行かないとあかん!!」

という状況に陥っていたのです。


お寺に着くと早速師匠の方から、

「実家のお母さん・・・大丈夫ですか?
二日前くらいから状態悪くないですか?」

と切り出してもらえました。

それについては、

「バアバの家の玄関に生ゴミがいっぱい置いてあって、
『収集日までここに置いとかなきゃならないのよ』って、
バアバがすごい迷惑そうに言っていて、
外をキチガイっぽい叫び声が響き渡って、
黒い人をたくさん乗せた黒い車が、バアバの家の脇を通っていく、
・・てゆう恐い夢見たよ」

と娘が言っていたので、それをそのまま話しました。

「それから刺繍枠のところに赤ちゃんの顔があって、
娘が目が合ったと言って、
その日の夕方には妹に会ったのですが、
『今お姉ちゃんの肩に小さい顔が乗ってるように見えた』と言われて。
得度したのにだらしない生活を続けて、
お経も写経もさぼっているんです。だからですよね?」

私は胸の内の不安を、
師匠にみんな聞いてもらいました。


師匠は、私の背中をバンバン叩き、

「ここが固いですね。肝臓ですね。
怒ってるんですか?」

と言いました。

背中を叩かれてゲホゲホと咳き込み、
スッキリと、肩が軽くなりました。

「いつもすみません。
小さい顔の人とか、結局自分で対処できなくて、
こうして手伝ってもらい続ける形でいいんでしょうか?
得度したのだから、
いっつもいっつも、そういう未浄化霊が家の中にいたり、
自分に憑いたりするのは、
一生続くことなんですよね?
自分で対処できるようになるんでしょうか?」

私のメンテナンスを手伝ってくれている師匠に尋ねると、

「ずっと修行を続けていけば、
そのうち憑かなくなるんじゃないですか?」

と、師匠はあっさりと答えました。

そうして、

「奈良のお土産です」

と言って、私に箱を差し出してきたのです。


箱を開けてみると、

写経用の筆が二本、入っていました。


切迫流産で入院をして以来、
写経をさぼり続けていた私に、

また写経を再開するようにと、
プレゼントしてくれたのです。


結局、霊を祓う法力を身に着けて、
自分で対処できるようになりたければ、

毎日の修業を続けて、
意識を高めていくしかないのだと思いました。

瞑想して瞑想して瞑想をして、

常に『今ここ』を生きられる自分になるしか、
方法はないのです。





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ワクチン



というわけで、

「赤ん坊のあんたの生まれたせいで、
私はタロットの仕事も修行も諦めて、
あんたを育てることに専念したのよ」

と、生まれたばかりの息子に言わずに済むことになりました。

そういう『罪悪感』を、
子供が生まれたら早速植えつけ続ける習わしが、

先祖代々、
リレーのバトンのように回り続けていたのです。


「子育てが終わったら女は用無し、
そういう社会だからね。
だから世の中のお母さんたちは、
大きくなった自分の子供に執着するのよ。
子育てが終わったら用無しなんだから、
無意識にいつまでも子育てしようとしてるんじゃない。
だって、そのあとに何の仕事もないって思わされているんだもの」

娘がなぜそのような社会の裏事情を知っているのか、
そこは置いておくとして、

私がひとつ気が付くたびに、
娘や妹が、それをすっきりと言語化して、
『情報』として私の耳に届けてくれるようになっているのです。


「瑠史さんの元へ、
自分の生きる目的をはっきりさせようという女性が、
多くやって来るようになるんじゃないですか。
瑠史さんのように、みんな自宅で何か始めていくことになると思います。
そういう人が集まって来るようになると思います」

と、師匠も言っていたのです。


なるほど、
私が『愚民政策』から抜け出すことに決めたら、
同じように、無意識にそう決めた人が、
私の元へ集まって来るのだ、と思いました。


タロットの仕事を始めて三年が経ち、
半年間の『産休』を経てまた再開することにした今、

これまでにやってきた人たちのことを思い返すと、

八割がたの女性たちが子育てを終えた主婦で、

「私なんてなんにもできないから」

と言って、自分の人生に不満を抱えているように思いました。


実家の母の幻聴で一番多いのが、

『バカだからなんにもできない』

というセリフで、

道を通る学生や、
散歩の老人、
コンビニの店員などが皆、
母に向かって『バカだからなんにもできない』と言うのです。

それは私にとっても鍵となる大事なひと言で、

それこそが、

子供の頃に社会から植えつけられた、
無意識層の『闇』なのだと思いました。

その『ワクチン』を幼いころに摂取された私たちは、

せっかくの才能を開くことなく、
自分を誤解したまま生きていくことになるのです。






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固定観念



せっかく出家したのに、
赤ん坊を産んだのでは、家にいなければならない、

という謎の方程式から抜け出すことができずに、

諦めの気持ちで赤ん坊と向き合っていました。

赤ちゃんがいるのでは、
タロットの仕事も修行も再開できないと思いつつ、

そこに『不自由』を感じてストレスを受けていたのです。


しかし、夫とつかみ合う夢を見て、
赤ん坊が仕事の再開のできない理由なのではなく、

私がある固定観念に縛り付けられているせいなのだと気が付きました。


母親が赤ん坊を放り出して自分の楽しみを優先することは『悪』、

そういう『正義』を、
子供の頃に両親によって刷り込まれたせいだったのです。


「私は20歳でおまえを産んだから、
どこにも遊びに行けなかった。
友達はみんな、まだ遊び盛りだったのに、
私だけが家にいて、あんたの面倒を見ていた」

と、私は母に繰り返し聞かされました。

「お父さんは男だから自由があって、
私とおまえを置いて台湾に旅行に行った。
女を買いにに行ったのよ」

それも、母の語り草でした。

「お父さんには兄弟がいっぱいいるから、
親と兄弟が次々とやって来て泊まっていった。
私だけが、足の悪いおまえの世話をしながら、
お父さんの親戚のもてなしに追われて、
何の自由もなかった。
やりたくないなんて言えば、
誰のおかげで三食昼寝付きの生活ができていると思ってると、
お父さんに怒鳴られたから。
私は20代の一番いい時を、それで終わらせてしまったのよ」

と語る母は、
私の存在そのものが『悪』だったのだとも、
私に思わせました。


そんな母も、実家にいた頃はもっと不自由で、
絶対的に君臨する『親』の支配から逃れたい一心で、

自由を求めて、
父と結婚したはずなのです。


私は、赤ん坊に授乳をしながらも、
作務衣を着て仕事を再開することにしました。

自分の中だけのタブー、
『妄想』をひとつずつ壊していくために現実に行動に移し続け、

私を束縛しようとし続ける『愚民政策』の一環から、
抜け出すことにしたのです。






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種火



久しぶりに夢を見ました。


「おまえはヨメなんだから、
俺の親父の面倒を見に行けよ!」

と夫に言われ、

「できない、私にはできない、
私はヨメなんかじゃない!!」

と必死になって言い返し、
掴み合いの喧嘩をしている私と夫は、

なぜか喪服姿をしているのです。


目が覚めて、

喪服の夢は生まれ変わりの象徴だと、
以前お寺で師匠に言われたことを思い出しました。

夢の中に出てきた夫は私自身であり、
反抗している私も私、

私は、私を力 で押さえつけ、
抑圧しようとする自分と、別れる時が来たのだと悟りました。


「私は死ぬんだ。
私は、私を『嫁』と決めつけて、
束縛しようとし続ける自分を、
直視しようとしているのだ」

と思いました。


赤ん坊を産んだら、
自分が弱者になったような気持ちに襲われました。

それに対して娘が、

「そういう価値観を植えつけたのは、
ジイちゃんでしょ。
瑠史さんが子供のころから、
女は結婚して子供を産むのが幸せなんだって世界を見せて、
バアバを奴隷のように扱ったんでしょ。
それでバアバは、女は結婚したらおしまい、
結婚とは女中に成り下がること、
子供を産んでも何の実りもないって言い続けたからでしょ」

と言いました。

まさにその通り、
それが私のインナーチャイルドだと思いました。

嫁、母、妻、娘、

それはどれもが絶対的に、
夫や父親という主の元に服従し、

束縛という名の『安全な枠』の中で、
一生自由を知らずに囲われ続けなければならないのです。


子供の頃は父親から門限を決められて、

門限までに帰宅をしなければ母親が、
「お父さんに言いつける」と言って私を脅し、

帰ってきた父親から力で押さえつけられました。

早々と結婚して親から逃れ、
自由になったと思いきや、

今度は夫から、同じ束縛を受けたのです。


そして私も結局、

「結婚したら女はおしまい、
奴隷に成り下がるだけ」

と、母と同じ文句をつぶやきながら、

「女は家にいて、黙って家事をして、
子供を育てていればいい」

という枠組みの中に収まりました。


その時の未解決のままの『想い』が、
私の中に種火のように残っていたので、

赤ん坊を産んだ途端、

私は謎の不安に襲われたのです。





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悟り



その昔、友人同士で集まった時には、
いつでも大抵、

お金の話になりました。


「うち、お金なくてさ」

「うちもだよ」

「うちも、おんなじ」


その頃には全く気付かず、
夢にも思わないことでしたが、

あれは、


「私、愛されてなくてさ」

「私もだよ」

「私も、おんなじ」


という会話だったのです。

自分と同じ波動を出した者同士が集まって、
互いに自分の姿を映しあいだすこの世界で、

みんなおんなじなら大丈夫、

愛されていないのは私だけではないのだから、

と、

微々たる安心を得ながら、
私はかろうじて生きていたのです。


「変わりたい、と願いながらみんな生きていますけど、
自我は変わることを嫌うんですよ」

と師匠はいつも言っていて、

「だから瞑想するんです」

と私を導きました。

瞑想は私たちに善を示し、
真実の世界へと導くのだと、言ったのです。


遺伝子的に受け継がれてきた『欠乏感』を癒すために必要なことが、
インナーチャイルドを癒すことなのだと、

ホメオパシーの先生は言いました。


インナーチャイルドを癒すことは、

過去に受けた傷を癒すこと、

思い込みの世界から解脱して、

色眼鏡を外して真実の世界を直視すること、


即ちそれが悟りの世界であり、

『彼岸に渡る』

ということなのです。


愛されていることに気が付くこと、

妄想から覚醒すること、

本当は際限なく豊かな世界を生きていると自覚すること、


はっきりと、目を醒ますこと。


それが、

『悟る』

ということなのです。






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お金



二十歳になった娘が、

「今から家呑みしていい?」
とメールを送ってきて、
出かけた先から、夜の9時頃に友人を連れて家へ帰ってきました。

小学生のころから家へ遊びにやってきていたその娘の友人は、
最近になってちょくちょくうちへやって来るようになり、

私と『大人の会話』を弾ませるようになっていました。

「私のこと、
これからはおばさんじゃなくて瑠史さんて呼んでもらおうかな」

と言うと、

「ここに来ると癒される、ここって寺?」

と言いながら彼女は、

私と娘との、以前とは違った新しい関係を、
深夜まで楽しんでくれました。

「いつもお邪魔してすみません」

と恐縮しつつ遊びに来てくれるその子に対し、

これこそが、自分が母から決してしてもらえなかった『行事』なのだと、
こちらの方こそ感謝の気持ちでいっぱいになるのでした。


三人で哲学的な話題で盛り上がり、
お金の話になりました。

「もし、この世からお金というシステムが無くなったらどうする?
たとえば物々交換に変わったら?」

という話題になり、

私はそれでもお金というもの自体に執着するかもしれない、
と答えました。

あるアニメに登場する、
お金が大好きなカニのキャラクターの話になり、

「あのカニはお金が大好きで、
紙幣を守るためなら自分がシュレッダーにかけられても平気なんだよ」

と娘が笑いました。

「あのカニはホメオパシーのメドライナムを摂った方がいいね」

と私が言い、

そのカニこそが自分に一番近い想念を持っていると思いました。


「お金大好き」という言葉を口癖にしながら、
目的もなくお金を集めて溜め続けるそのカニを見て気分が高揚するのは、

私が自分にタブーとして口に出せないセリフを、
私に代ってポンポンと発言しているからなのです。

「お金がない」

というのは私の中に根強く植えつけられた想念でしかなく、
「お金がない」とこと自体は幻想でしかなかったのだと思いました。

お金がない、

という状態は、
この世界で自分自身の存在をはっきりさせるために大変に都合の良い『現象』なのです。

今月もお金がない、

と信じることで、

私は『安定』を保ち続けてきたのです。


『お金がない』という現象が、

自分が変わることを食い止める、
好都合で『仕方のない』理由にもなり、

「お金がないから」と言えば、

今月も、先月と同じ生活に落ち着き、
来月も再来月も、同じままでいられる上に、

お金がないという『不満』をアイデンテティとして、

人生の全体を管理でき、
不安に陥らずに済むのです。


「人の苦しみを問い詰めていくと、
最後には必ずお金の問題とセックスの問題に行きつくの」

と、いつかホメオパシーの先生が言っていた通り、

心の中の漠然とした欠乏感や、
自分を物質的に表現するために、

『お金』が一番分かりやすい『計り』となるのです。






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誤解


昔の、古い友人が自分自身の影に過ぎなかったのだと自覚してしまった今、

『この世に他人は存在しない』

といった恩師の言葉が、

真実の言葉となって再び私の中から浮かび上がってきました。


「地球をいっこの細胞だと見做したとき、
他人なんか存在しないだろ」

とあの時恩師は言いましたが、

それは決して屁理屈的なものの見方だったのではなく、

実際にそれこそが宇宙の法則で、

『色即是空』に通ずる真理だったのです。


周りの人間の言動に腹を立てるのは、
即ち自分自身を嫌悪していることであり、

「そういうこともあるよね」

というあやふやなものではなく、

自分の周りに自分自身が集まってくるのが、
この世の法則なのです。


『五階建て』と思い込んでいた建物に、
たくさんの人たちと一緒に暮らしている夢を見ました。

しかし、秘密のエレベーターを発見してしまい、
ボタンを押すと、

その建物には六階も七階も八階も存在し、

ずっと上の階まで、人が住んでいたのです。

それを発見した私は大急ぎで五階へ戻り、

「ねえ、この建物、もっと上まであるよ」

とみんなに教えると、

ホイッスルのけたたましい警戒音が響いて、
私は黒服の集団に囲まれてしまいました。

「秘密を知ってしまった危険人物」と見做された私は、
その世界から消されることになったのです。

恐い、と、
一瞬で恐怖に支配されてしまった私は、

「これ以上秘密を知ろうとするのはやめるし、
決して口外しませんから、殺さないで」

と懇願し、

「真実を公表するのはやめて、
五階までの小さな世界で、
ここまでしか世界はないのだということにして、
今後も暮らしていこう」

と決めて、
そこで夢から覚めました。

私の中に私を管理する管理局が存在し、

余計なことに気付かないように制限をかけているのです。


それでも、目が覚めた瞬間に、

「私たちは、増えもしないし減りもしない世界を、
物質的なものを真実と思い込むことで、
安定を得たつもりで生きているのだ。
本当は足場など何もないあやふやな宇宙を、
際限なく漂う存在だというのに」

と悟ったのです。





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謎の子供



そうだ、京都へ行こう、

という懐かしいフレーズのように、

「そうだ、インナーチャイルドを癒そう」

と思いつきました。


インナーチャイルドを癒すとはいったいどういうことなのか。

この十年間、
ヒプノセラピーへ通ってみたりホメオパシーを始めたり、
様々なヒーラーさんや霊能者さんたちのセッションを受けまくり、
自分探しを続けて来た結果、

「インナーチャイルドを癒すこと」

というところに、結局は行きつきました。


その、いるのかいないのか、
具体的な存在としてはっきりとしない『謎の子供』を癒すこと、
それが大事なことなのだと、

ついに行きついたお寺でまで、
同じことを言われたのです。


インナーチャイルドとは、
過去に傷ついたままの内なる自分、

ある価値観により否定されたままの、
悲しんでいる自分。


そう言われても、
私は傷ついてもいないし悲しくもない、
なんのことだかさっぱりわからない、

という場所からスタートして、

『内なる子供は確かに存在する』

というところまでやっとたどり着きました。


それは、社会や親に洗脳された私、

『私の世界』

『私のルール』

を作り上げ、未だに盲信し続けている私、

全ての恐怖は、

このインナーチャイルドが産み出し、
それによって怯えているのもインナーチャイルドだけだったのです。


見えなかったのは、

インナーチャイルドと自分があまりにも一体化し、
近すぎたせいでした。


インナーチャイルドとは、
この自由な宇宙で、

ありとあらゆる制限を受け、
その世界こそを本物の世界なのだと信じ込んで疑わない自分、

この世の常識をそのまま宇宙の法則なのだと、

勘違いを続けている自分のことなのだと、

ついに気が付いたのです。


インナーチャイルドを癒すとは、

散々な目に合ってきた自分を慰め、
ちょっとは楽になろうなどという『ごっこ遊び』なのではなく、

妄想から解かれ、
思い込みから覚醒することだったのです。


「この世界を見るためにかけ続けてきた、
たったひとつの色眼鏡を外すことなのだ!」

と悟った私は、


「この世界に他人は存在しない」

といつか恩師の言ったひと言を、

やっと理解できたのです。





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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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