真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

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休業中


それから私たちは、
実家をこの先どうしていくか、ということを話し合いました。

「壁の色はなるべく早く塗りなおした方がいいですね。
赤はトラブルや怒りの色ですから。
とくにあのような場所をそういった色にするのは、
影響がすぐに出ると思います」

と師匠は言ってから、

「そしてあの家は・・・瑠史さんの修行道場にするか、
他人に貸して、お母さんを別の家に移すか、
どちらかしかないでしょうね」

と言いました。


「私・・・あの修行道場、そんなに欲しくないです・・・」

私は冗談交じりに答えました。

「でも、ああいった未浄化な土地にお寺を建てると本当にいいし、
そういう場所にお寺は建つものなんです。
戦場でたくさん人が亡くなった場所とか、
そういった場所にお寺は建つんですよ。
だから毎日お勤めをしないと大変なことになるんですが」

と師匠は言いましたが、

そんな面倒くさそうな人生はまっぴらごめんだと、内心思いました。


「だいたい祖父ちゃんは、
どういうつもりで血の色に塗っちゃったんだろう。
北海道から戻って来ては、余計なことして帰って行くよね」

妹と娘が不服を言い、

一体だれがあの壁を塗りなおすのかという議題に入ると、
結局は父がもう一度戻ってくるまで、
塗りなおすことは難しいのではないかという結論に至りました。


それを聞いて、

「では、あのままにして、
ご実家を肝試しの会場にするとか」

と、師匠がふざけはじめたのをきっかけに、

「あいよ、入場料50円だよ、
餓鬼の間、水子の間、魔物の間があるよ~」

と私もふざけると、

「餓鬼の間は一泊一万円、水子の間は一万五千円だよ」

と、娘も調子に乗りました。


師匠もしばらく私たちの会話を聞いて笑っていましたが、

「餓鬼も魔物も、追い払おうという考えではダメなんです」

と私に言いました。

「餓鬼も魔物も、仏様も全部そろって、
ひとつの宇宙なのですから、
追い払うのではなく、出世させるのでなければダメなんです」

師匠はまっすぐに私の目を見て言うと、

「瑠史さんが仏様になりきって、
そうしていかなければならないんですよ」

と言いました。


「はあ・・・私が?なれるかな」

とはぐらかすと、

「なるんです」

と、師匠に強く言われました。


それでようやく、
自分が出家得度をしたことを思い出しました。

得度してすぐに切迫早産で入院をしてから、

得度をしたという緊張感がすっかり抜けてしまい、

最近では、

「このまま『かんのんいん』なんてやめてしまって、
赤ちゃんを育てるだけの母親業一筋になってもいいな」

と思い始めていたのです。

誰にも会わなくなり、
誰からの相談も受けなくなり、

なんの夢のお知らせからも解放されて、

物足りない反面、楽になりました。

誰かの相談にのり続けていた時には、
常に生活の中に誰かの『悩み事』が紛れ込んできたり、

誰かが自分に向けて送ってくる想念に振り回されていたのです。


出産をして落ち着いたら、
『かんのんいん』を再開させ、

利他行をどのような形で始めていくのか、

もうしばらく続く『休業中』に、
じっくりと考え直そうと、思ったのです。





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蜘蛛


法要のあと、私は久しぶりにお寺でのゆっくりとした時間を過ごし、
師匠に話を聞いてもらいました。

とはいっても、安静にする毎日の中で私はすっかりボケてしまい、
あんなに毎日のように見ていた夢の知らせもキャッチできなくなり、

せっかくお寺にやってきたというのに、
何も話すことがなかったのです。


「お母さんが悪夢を見なくなった途端、
私が毎晩うなされるようになったんですけど」

黙り込んだ私の代わりに、娘が口を開きました。

「夢の中に真っ黒な蜘蛛が出てきて、
そこはバアバの家で、バアバが、
『蜘蛛の姿をしてるけど、それは茂子(実家の隣家の伯母の仮名)なのよ、気を付けて!』
と叫んだんです。
その蜘蛛はバアバが刺激をすると家の中に攻撃のために入ってきちゃう蜘蛛で、
真っ黒で、すごく気味が悪い蜘蛛なの」

娘はその蜘蛛を思い出し、
身震いしながら師匠に夢の話をしました。

「あら、お母さんが妊娠中だから代わりに引き受けてるんですね」

と師匠は冷静に答え、

「あのお数珠は、お母さんは着けてくれていますか?」

と言いました。

それは先月、師匠が母の身に着けるようにと贈ってくれた、
おそらく、師匠の法力で何らかの守りのパワーを入れたと思われる、
紫色の水晶のお数珠のことでした。

「ああ、お母さん気に入って、
結構肌身離さずつけてるみたいですよ」

と妹が答えました。


「それから、恐いことはまだあって。
この前あーちゃん(妹の二歳の娘)とバアバの家で遊んでいたんです。
大きな鏡が置いてあって、そこにあーちゃんと二人で顔を映して遊んでいたら、
ちょうど鏡の奥に玄関が映っていたんだけど、
玄関から祖父ちゃんの部屋に向かって、ふっと人が通ったのが映って。
ぞっとして、ギャアッて言っちゃいました」

相当に、師匠に効いてもらいたい話が溜まっていたようで、
娘は次々と、実家で起きた気味の悪い話を続けました。

「あら、恐いですね。それは、確かに誰か(霊)が通ったんですよ。」

師匠はまた、淡々と答えました。

「それに、押し入れの隙間から誰かが覗いているし、
階段の途中の小窓からも覗いているし、
絶対に、いろんな押し入れや窓にはなぜか、
閉めても閉めても隙間が開いているんです。
それもどうせなら大きく全開にしておけばいいものを、
三寸開けというか、ほんの隙間なのでそれがまた本当に怖くて。
それに、小さな子供の悲鳴と獣の唸り声を混ぜたような、
すごく気味の悪い声が茶の間の方から聴こえたので、
一体どんなテレビ番組観てるんだよと思って確認に行くと、
テレビなんて点いてなかったんです。
で、バアバが『また茂子があたしの悪口言い始めた』って言いだして。
ああ、バアバにはこの声が聞こえてるんだなと思ったんです。」


師匠は娘の話を聞きながら笑い、

「お母さんはまだ、押し入れにお供えしているんですか?」

と妹に尋ねました。

「やめさせるんですけど、なんだかんだ言い訳をして、
また押し入れに食べ物を隠すんですよね。
今は父が帰って来ているので、父に食べられないように隠したり。
小窓に張っておいた般若心経の手ぬぐいも、
張っても貼っても、なぜか剥がしてしまい込んでしまうんです」

妹が答えました。

「魔物が邪魔するんですよ」

私は口を挟みました。


「それに、一番怖いのは祖父ちゃんで。
何かに憑りつかれているみたいな動物的な顔つきで、
手も顔も土気色して、バアバを罵りながら貪るようにがつがつ食べるんです。
その風貌が気味悪くて、バアバは祖父ちゃんに食べ物をやらないように惜しんで、
それで二人は気味の悪い喧嘩を始めるんです」

娘が言いました。

師匠は黙って聞いていましたが、

「八月のお盆の時でいいので、
ご実家でお施餓鬼してください」

と、私と妹に言いました。


「お腹のすいているような人(霊)が、
たくさんいるみたいなんです。
観音様にお供えした供物を、夕方になったらお庭に撒いて、
それから近所に川があれば、河原にも撒いてください。
そうしたら餓鬼たちがわあっと集まってきますから、
それで収まっていくと思います。」

師匠はやり方を説明してくれました。

その瞬間に思い出したのが、
実家の庭で私を待っていた百人以上の患者さんの夢のことでした。

「ああ、百人以上集まって来ていたのがそうだったんですか?」

と、師匠に確認を取ると、

師匠は黙ってうなずいたのです。






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施餓鬼会


今年もまた例年通り、
施餓鬼会を前にして、実家の母の様子がおかしくなり始めました。

「お母さんがおかしいというよりは、
お父さんがすごく恐いの。
毎日ものすごい怒り方をしてお母さんを罵って、
お母さんはそれに反応しておかしくなってる感じ」

という妹の報告を受け、

「しかも、祖父ちゃん、
バアバに言われて駐車場の壁の色を塗りなおして、
何を考えているんだか、真っ赤に塗ったんだよ。
赤っていうか、血の色、血の色にしちゃったの」

と、娘からも聞かされて、
私は不安になりました。

「そうなんだよ、お姉ちゃん、
実家の壁が血塗られちゃった。
すごく気味が悪いよ」

妹も顔をしかめて、言いました。


退院をしてから毎日飲むように言われていた、
ウテメリンという早産防止の薬を、
きっぱりと飲むのをやめて一か月以上が過ぎ、

ようやく具合がよくなり始めたのもあり、

私はお寺の施餓鬼会に参加してみることにしました。


4階の本堂までは上がれないものの、
本堂での法要には妹と娘に参加してもらい、

そのあとの餓鬼たちへの供物の儀式には、
参加することができました。

毎年施餓鬼の最中には不思議な風が吹き、
餓鬼たちがそこここへと集まってくるのです。

日頃、自分の口の前まで持ってくると、
食べ物が燃えて消えてしまうというという憐れな餓鬼たちが、
年に一度だけ、水や食べ物を口にすることのできる日です。

おそらく、今年もまた実家に集まってきた餓鬼たちも、
行きの車に一緒に乗ってやってきたことだろうと想像し、

私は盛大に、水と食べ物を施しました。


餓鬼の想念は、ホメオパシーのレメディーでいうところの、
メドライナムのエネルギーだと思うのです。

私も娘も、母も妹も、
メドライナムを摂るように言われ、

私は何度も何度もメドライナムを摂りました。

あってもあっても足りない不安、
あればあるほど失う不安ばかりが増殖するという、

実家の土地に根付いている未浄化霊たちの想念は、
「自分の取り分よりもなぜおまえの方が多いのか」という不満、

これに尽きると思うのです。


心の中の愛情の欠落による餓鬼たちの想念、
それを治めるためには、

まだまだ何度も、
施餓鬼をする必要があるように思うのでした。







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どこにも出かけずに家の中だけで過ごし、

妹と子供達と、時々名古屋から戻ってくる夫、
その限定4名の家族としか会わずに、

入院をしたあの日から二か月が過ぎました。


父が北海道から実家へ帰ってきていると知りながらも、
両親のどちらとも連絡も取らずに過ごす日々は、

平和そのものすぎて物足りないほどなのです。


妹が三日に一度はうちを訪ねてきて、
私の体に整体の施術を施しながら、

ぽつぽつと、心の中のわだかまりを吐き出すようになりました。


「実家であーちゃん(妹の二歳の娘)とお風呂に入っているとね、
必ずお母さんが脱衣場に入って来るの。
その時にムラムラと怒りが湧いてきて、
私どうすればいいのかな」

と妹が話し始めました。

腰を揉んでもらいながら、
どうして怒りが湧いてくるのかと尋ねると、

「小学校四年生の頃だったかな。
私がお風呂から上がってパンツ一丁でソファでくつろいでいたら、
お母さんが『いやらしい』って私を詰ったの。」

妹は過去のトラウマについて話し始めました。

「そんな恰好で、裸のままでいやらしい、
なんて格好してるのかと、
それから裸でいるのを見つけるたびに、
私を詰ったんだ。
だから私は今でもお母さんに裸を見られると、
あの時の屈辱感と怒りが湧いて、
お母さんを詰り返さないではいられなくて、
全然違う内容のことでお母さんに食って掛かってしまうのよ」


妹からその話を聞くと、
私の中のわだかまりの詰まった部分の蓋が開きました。


「私はね、小学校五年生の時だったか、
お風呂に入っていたら、
お母さんが脱衣場のドアを全開にしたの。
お風呂と茶の間が繋がっているのだから、
そこを全開にされたら茶の間から裸が丸見えなのに。
ちょうどおっぱいが膨らみ始めた頃だったから、
お父さんに見せたくなかったのに。
お父さんとお母さんがテレビに夢中だった隙に、
さっと出て裸を隠そうとしたらね、
お母さんがお父さんにこっそりと、
『ほら、あんなぺちゃパイ隠そうとしてるのよ』って、
耳打ちしてるのが聞こえたの。
お父さんとお母さんがこっちをニヤニヤしながら見てたから、
私は負けたくないって思って、
すっぽんぽんのまま堂々と茶の間へ出て行ってやったのね。
そしたら『隠さなくていいのかあ、毛は生えてきたのかあ』って、
二人でからかってきたんだよ。
それから一人で子供部屋に戻って、声を押し殺して泣いたの。」

私も妹に、過去のトラウマをシェアしました。

「声を押し殺して泣いたのは、
そんなところを見つかろうものなら今度は、
おまえなんかのそんな貧弱な裸を見てお父さんんがどうか思うと思うのか、
そんなことを考えるおまえの方がずっといやらしいんだ、
って詰られてもっと傷つくからなんだよ」

私がそういうと妹は頷き、

「裸イコール悪のまま、大人になっちゃったね。
どうすれば解決できるのかな」

と言いました。


「それはやっぱり、
インナーチャイルドを慰めるしかないよね。
大人の自分があの日のお母さんと自分の間に割って入って、
お母さんには『そんなことを言って子供を傷つけないで』と窘めて、
子供の自分に向かっては、
『とってもかわいい裸だよ、でも恥ずかしいなら隠そうね』と言ってあげる、
それを自分でやるしかないんじゃないのかな」

と私は答えました。


傷ついたままの自分を自分で癒す。

結局はそれしか方法はなく、

そこが病んだままでは、

本当の心の平安を手に入れることはできないのです。


そう思いながら、
このタイミングで妹が、
裸についてのトラウマをシェアしてくれたことには意味があり、

出産が帝王切開と決まっている私は、

手術の時に素っ裸で台の上に大の字になり、
剃毛をされて目隠しをされて両手を縛られて、

みんなに裸を見られながら腹を切られるという、

この上ない屈辱的なイベントを迎えなければならないところに、

繋がっているのだと思ったのです。







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毎晩、夜になると坐骨神経痛のような痛みで、
苦しむ時間が増えるようになりました。

患っている股関節に赤ん坊の重みの負担がかかり、
横になっているだけでも辛いのです。

あまりの痛みに妊娠後期のつわりも重なって、

耐えられなくなりしくしくと泣きました。

「もうここで妊娠やめたい。
赤ちゃん楽しみにできない。
お腹切って外に出してほしい。」

と本心ではない愚痴をこぼしながら泣いていると、

娘と息子がそばへ来て、
腰を揉んでくれたり、温めてくれました。

この子たちにとって、
私は決して善い母親ではなかったのに、
こんなに優しくしてもらえるようなことは何もできなかったのに、
と思いながらも、

もし母があの頃、私に弱音を吐いて泣いてくれたなら、
私はもっと救われていたはずと思い、
素直に甘えることにしたのです。


娘に涙を拭いてもらい、

「ほら、あと二か月もないよ、
ここまで頑張ったんだから大丈夫」

と励まされ、

母が実家の二階の部屋で独りで、
こっそりと泣いているのを発見した日のことを思い出しました。


仕事から戻っても母の姿がなかったので、
二階の部屋へ様子を見に行くと、
母が一人でこっそりと泣いていて、

ドアを開けて「お母さんどうしたの?」と聞くと、

「うるさい、見るな、あっちへ行け!
あたしにだって泣きたい日くらいあるのよ!」

とおもいきり怒鳴られたので、
驚いてドアを閉めたのです。


小さいころから、

「泣くなら外へ行って泣け、
あたしの前で辛気臭い顔するんじゃない、
おまえの泣いてる顔なんて可愛くもなんともない」

と言われていた私は、
泣くことを許されない子供でしたが、

母もきっとそう育ったのです。

あのセリフはそのままそっくり、
祖母が母に投げつけた言葉だったのに違いなく、

そうして私も母も、
誰かからの愛情を決して受け入れないようにしながら、

肩ひじ張ったまま大人になったのです。


成人式の話になった時、妹が、

「これを話すと涙が出ちゃうんだけどね、
あの子(私の娘)が3歳だった時に、
私の髪を櫛で梳いたり結んだりしようとしてくれたことがあったの。
それを見てお姉ちゃんが、
『まりちゃんごめんね、気持ち悪いでしょう、
いやだったらこの子にはっきり断ってね』って言ったの。
私にはとってもかわいいとしか思えなかったその行動を、
お姉ちゃんは気持ち悪いとしか思えないんだなって思ったら、
本当にお姉ちゃんも二人とも、不憫に思えたんだ」

妹は当時のその回想をしながら、
涙ぐみました。


「ああ気持ち悪い子、
おまえは本当に可愛くない」

と母に言われながら育った私は、
母と同じように、娘を可愛いと思えないまま、
大事な時期を過ごしてしまったのです。


「今からでも遅くないから、
(娘の)髪を梳かしてやりなよ。
それで、成人式の支度はみんなでしてさ、
赤ちゃん生まれる前にわだかまりを流そうよ」

と妹が言いました。

私は娘の髪を梳かすことで、
母が決して触れようとしなかった、
私の『汚い髪』と別れることができるのかもしれないと思いました。

髪をポニーテールに結んだまま何週間も過ごし、
ある日ほどいたら中にはシラミの卵がびっちりと産みつけられていた、

『10歳の愛されない私』

と、別れる時が来たのだと思ったのです。





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成人式


来年の、娘の成人式の支度もできないままに、
7月も半ばを過ぎてしまいました。

妹に、

「こんな体になってしまって何もしてあげられないから、
私の代わりに成人式の支度をお願いできないかしら」

と頼んだことをきっかけに、
私たち姉妹は自分たちの成人式の日のことを思い出し、
お互いにそれをシェアしました。


「本当は子供の成人式のことを考えると、
何もしてやれないというよりは、
何もしてやりたくないという想いがまだ出てくるのが本音なの」

と私は妹に打ち明けました。

「得度をして瑠史さんになったのに、
あの時のことを思い出すと、成人式は嫌な思い出」

と言いながら、
自分の成人式の時の話を聞かせたのです。


私が二十歳の誕生日を迎えた頃、
母は不倫関係にあった男性と別れて、
自分の母親を突然亡くし、一番辛い時期にありました。

私の顔を見ては、

「色気ばかりつきやがって、早くこの家を出て行け」

と毎日のように罵り、

成人式の支度に至っては、

「まだ母親についてきてもらおうなんて思ってるの?
あんたもう大人でしょ、そのくらい一人で行けば」

と言われたので、

「成人式には出なくていいし、着物も着ない」

と言い張る私に、

それでは親戚や近所にみっともないから、
着物だけは来てくれと言って十万円を渡してきたので、
私は一人で着物レンタルの店へ出かけていき、
初対面の婆さんと二人で自分の着る着物を選んだのです。


「みんな、お母さんや家族と来ていて、
一人で来ていたのは私だけだったんだ。
ああ、やっぱり私は愛されていないんだな、
世間体の為だけにこうしてお金を渡されて、
おまえの成人式なんて興味もないけどさっさと済ませてくれよと、
母親に投げ出されたんだなって思ったの」

と私は妹に言いました。

「それなのに、どうして私は娘の成人式のために、
笑顔でついて行って支度してやらなければならないんだろう、
私は愛されていなかったのにという気持ちが、
どうしても出てきてしまうの。
これではお母さんと同じになってしまうのにね」

私は、妹に正直に胸の内を打ち明けました。


「私もお母さんに一人で行けって言われて、
一人で行ったような記憶があるよ。
それともお姉ちゃんがついてきてくれたんだっけ?
成人式の記憶だけがすっぽりと抜けていて何も覚えてない。
でも他の人はみんなお母さんと来てた、
その光景だけは覚えているんだけど」

と妹が答えました。

それを聞き、
私は妹を思いやる余裕さえなかった自分に気づきました。

妹は私と違い、
母に愛されて大切にされているのだと思っていたのです。


妹の成人式のことを思い出すと、
自分の成人式の記憶よりも、
もっと暗い気持ちになりました。

そうして私は、妹に告白をしたのです。


「まりちゃんの成人式の日の翌日に、
私は中絶したんだよ。
親もみんなそれを知ってたのに、
着物を着たまりちゃんと並んで笑えって言われて、
撮った写真がうちにあるけど、
私は本当に気持ち悪い顔して、口だけ笑ってるの。
並んで立って笑えなんて、
お父さんは本当に愚鈍だと思った。
翌日に自分の子供を殺処分することが決まってる私に言う?って思った。
だから正直、まりちゃんには悪いことしたとしか思ってない。
成人式のお祝いあげたかどうかも覚えてない」

というと、

「そうだったの?!翌日?
そうだったのか。だから私も記憶を消しちゃったのかな」

と妹が答えました。


「あの頃私、本当に精神状態崩壊してたんだよね。
毎日死ぬことばっかり考えてた。
死にたいな、死んだら楽になるのかなって。
あの時、子供たちは3歳と4歳だったんだよ。
あんな状態で子育てしてたなんて、
子供達も病んでいたに違いないよ」

私は話を続けて、


「で、今度授かった子供はね、
やっと光の中で産み育てることができるんだ」

と言ったのです。





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孤独の穴


妊娠8ヶ月に入り、大きなお腹がせり出して、
体が『くの字』に曲がったまま、固まってしまいました。

家の中をトイレまで移動するのもヨタヨタで、
日頃は外を歩くときにしか使わない杖を、
家の中でも使わなければ歩けないようになりました。

股関節を患ったこの体で、
果たしてまともな妊婦生活を送ることができるのか、
妊娠のわかった日に不安が過りましたが、

自分の命と引き換えにしてまで出産する人だっているのですから、
あと二か月を根性で乗り切ろうと思うのです。


トイレと寝床を行ったり来たりすることしかできない毎日で、
精神的なストレスはこの上なく溜まり、

散らかりきった家の中は目も当てられないほどに汚れているのに、

週末に夫が名古屋から帰宅をして家族4人で過ごすとき、
過去になかったほど、
今は仲良く穏やかに過ごしているのです。


夫に労わられ、娘と息子に優しくされて、
散らかりきった家の中で4人集まって穏やかな時間を過ごしながら、

トラブルが絶えなかったのは、
家が汚いせいではなかったのだと思いました。


私が元気に動き回って、
イライラカリカリとしながら、

そこを片付けろだとか、少しは家事を手伝えと、
夫や子供たちに不満ばかり言っていた頃には、

家の中は清潔であっても、関係はギスギスとしていたのです。


退院してきてから万年床のままの布団の上に、
家族4人で集まって横たわり、

優しい気持ちになって涙が出ました。


私はこれまで誰からの愛情も受け入れず、

イライラと家族をただ威嚇して、
自分で遠ざけてきたのだと思いました。

私を赦そうとした夫を赦さず、
子供たちに背を向けていた日々のことが鮮明に見えるようになり、


私が本当に、喉から手の出るほどに欲しかったものは、

お金でも名声でも他人からの賞賛でもなく、

こうして家族と労わりあいながら過ごす、

優しい時間だったのだと強く受け止めたのです。


いつかお寺で、師匠が私の背中のピンポイントを指で押し、

「ここ、ここを押すと出てくる思いがあるでしょう」

と言ったことがありました。


そこは、ことあるごとに痛む個所だったので、

「そこが時々痛むんです」

と答えると、

「感情が溜まっているんですよ。
どんな感情だか、湧き上がってきているでしょう」

と言い、さらに強くそこを指で押しました。

もやもやとした思いが渦巻くような気持ちがして、

「出てきたような気もしますが、言葉にできません」

と答えると、

「言わなくてもいいので言語化してください。」

と言われ、

その直後に「私はずっと孤独だった!」という想いが吹き出し、

「寂しかった」という想いとともに、
涙がじゃあじゃあと噴き出したことがありました。


嗚咽を繰り返しながら泣き続ける私の背中を、
師匠は「よしよし」と言いながらしばらく撫でてくれましたが、

「そこは孤独の穴でした」

と泣き止んでから言った私に、

「自分で作った穴ですよ」

と厳しく返してきたのです。


家族4人で並んで横たわりながら、
ふとその時のことを思い出し、

確かにあの穴を作ったのは、

私自身だったのだと、わかったのです。






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隙間


ついに母がホメオパシーの通信相談を受け、
レメディーを飲むようになりました。

母に出されたレメディーは、
スーヤという仮面を外すレメディーと、
遺産相続問題のメドライナム、それからコカインでした。

「お母さんは素直だから、飲んだらすぐに効き目が表れるはず」

と妹が言っていた通り、
レメディーを摂り初めて一週間で、
母の様子がしっかりとしてきました。

ホメオパシーの先生のレメディーの選択をなるほどと感心したのは、

魔物を払うレメディーではなく、
仮面を外し、自分を取り戻す方のレメディーを出してくれたことでした。

「ベラドーナやストロモニュームで魔物を追い出すのかと思いきや、
スーヤだったんだね。
自分を取り戻して、しっかりと魂を体に降ろせば、
確かに魔物に支配されなくなるよね」

と妹に言うと、

「ああそうか、だからスーヤなんだね」

と妹も感心したのです。


スーヤの性質には、
自分が何者かわからなくなるというテーマがあり、

自分が汚いということを他人に知られないようにしている人、
自分が愛されていないことを知っていて、
それを隠している人なのです。

インナーチャイルドが深く傷ついていて、
自分をやめてしまった人、ともいえます。


自分が自分をやめてしまい、
魂を体から浮かせてこの世界から逃げてしまったら、

空いた体が留守になり、
そこに魔者が入り込んでしまうのは当然のことで、

まして母のような霊媒体質の人がそれをやってしまったら、

「いろんな人(霊)が代わる代わる入ってしまっているんですよ」

と、師匠に言われてしまうのは当然のことだったのです。


それなら入ってしまった悪霊を祓えばいいと思うのは、
私のまだまだ浅はかなところで、

もっと根本的な問題に触れて、

母が自分を愛するようになり、
自分の体に魂を戻して地球にしっかりと着地して、
人生を楽しむようになればよかったのだと理解しました。

隙があるから魔物に入り込まれ、

隙に魔物が入り込むから『隙間』というのです。


私がホメオパシーを続けて来たのは、

表面的な問題ではなく、
その状況を作った根本的な問題に触れ、
根っこからの本当の解決に向かって進むところが素晴らしいと感じたからでした。

頭痛がしたら頭痛薬、
という考え方ではなく、

頭痛の起きるようになった原因を過去にさかのぼって探し出し、
未解決のまま放置されている問題に触れ、

見ないようにしている問題に目を向けて、

根本的な解決に臨むのがホメオパシーなのです。


お寺で瞑想をすることもそれと同じことで、

日頃自我が邪魔をして、
見ないようにしている問題を意識に上げることが瞑想の効果であり、

それを見る時は辛くても、

根っこにいつまでも問題を抱えたままでいるよりは、
そうしてしまった方がずっと楽に生きられるようになるのです。


最近は脱法薬物の問題が取り上げられているようですが、

生きることが辛くなってそこへ逃げ込んでしまえば、

瞬間的には辛いことから逃げられても、
それこそ自分以外の者に体を明け渡す結果になると思うのです。


この世に悪は存在せず、
闇があるだけなのだと思う私は、

みんなが勇気をもって自分の中の『病み』に目を向けて解決に向かえば、

それが本当の世界平和に繋がるではないかと、

思えてならないのです。






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交霊出産


それから師匠は、

「あのタイミングで入院になったこと、
瑠史さんにとっては良かったのではないですか」

と言いました。


「あのまま動き続けていたら、
もっと大変なトラブルに巻き込まれていただろうし、
一度手を引いて、
安全な場所に移動できてよかったのではないですか」

とも言われ、

やはり私の思っていた通り、
あのタイミングでの入院が、

私を守るために見えない力の働いた上での、
必要な出来事だったのだと確信しました。

「はい。何と言っても、
入院になった日が観音様の縁日でしたので、
悪いことなのではなく、
私のために起きたことなのだと思っていました」

と私は答えました。


「毎日阿呆のように何もせず、
誰にも会わずに横になっているだけなのですが、
こうしている時間がおそらくとても大事なのだとわかっているんです。
役割配分の書き替えのようなことが起きていて、
得度前に私に降りかかっていた一切のトラブルが、
今後直接私にやってこないように、
こうしている間にシナリオが変わっていっているように思うんです」

私は感じているままのことを話しました。

「ただ、トラブルの中に身を置くことが当たり前になりすぎていて、
こうして一切のトラブルから守られてしまうと、
自分の生きる意味が薄くなってしまったように感じて辛いです。
それに、ブログに書くことが何もなくなってしまって。
何をアイデンティティとして生きていけばいいのか見つからないんです」

私は、胸の中の不安を師匠に話しました。


「確かに、トラブルの方がブログにも書きやすいと思いますし、
読み手もその方が盛り上がるとは思うんですね。
でもせっかく書き替えの時期がやって来て、
そこから解放されたのですから、
路線変更した方が楽になると思いますよ。
ブログは、高齢出産奮闘記にでも変更したらどうですか?
高齢出産される方が今はとても多いと思うので、
そのまま本を出版して印税生活に入ったらいいですよ。」

師匠は言いました。
そして、

「元気になって活動開始になったときに、
せっかく手放した役割を、
また拾わないように気を付けてくださいね」

と釘を刺し、

「では、本を楽しみにしています」

と言って電話を切りました。


高齢出産奮闘記・・・。


どちらかと言えば、

『交霊出産奮闘記』の方を書いてみたいのにと思いつつ、


トラブルのない人生への入り口に立ち、
トラブルに見舞われなくても生きがいがあると感じられるようになるまで、

もう少しの間私には、
隔離される毎日を送る必要がある、

と思うのでした。




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患者


師匠から電話がかかってきたのは、
実家での奇妙な夢を見た日の午後のことでした。

夢の中で、本家から実家へ向かって歩いている私は、
作務衣の上に、医務用の白衣を羽織っていました。

実家の庭に、百人以上の人が詰めかけていて、
みんなで私に向かって手を振っているのが見えました。

「先生だ、先生!先生!早く来てください!」

百人以上の人たちが私に向かってそう叫びながら、
手を振っているのです。

私も手を振り返しながらも、

「あんなに大勢の患者を診なければならないのか、
果たしてやりきれるだろうか」

困惑し、そこで目が覚めました。


その日の午後になり、

「お母さんに持っていてもらいたい、
ブレスレットタイプのお数珠を作ったのですが、
お母さんはブレスレットは普段される方ですか?」

という用件で電話を掛けてきてくれた師匠に、
私は早速その夢の話を聞いてもらいました。

「そうですね。ちょっと、ご実家は今そんな感じですよね」

そんなことは分かっていたというような師匠の受け答えぶりに、
母を未浄化霊たちから守るための数珠を、
作ってくれたのだと理解しました。

百人以上もの霊魂が、
私のやって来るのを待っているのだと思いました。

霊には、私が今切迫早産で動けないことなど、
関係ないのです。

供養を求める切羽詰まった霊魂たちは、
自分の救われたい思いだけで、手一杯なのです。


「そうは言われても、私本当に動けないんです。
体を起こすと5分10分で動悸と目眩が激しくなって、
気分が悪くなって横にならなければ治らないので、
お写経も全然できませんし、読経もできないんです。
読経は途中でどうにも辛くなって、途中から横になって読み、
最後の方にまた観音様の前に移動して、
なんとか最後まで読める感じで、とても実家になんて行けません」

私は師匠に自分の体調を訴えました。

「あら、お写経も無理なんですか?
そうですか・・・」

師匠は電話の向こうで、
何か考え込んでいるようでした。


七月から九月までの、
施餓鬼会から秋のお彼岸の間が、
一年のうちで一番あの世と繋がりやすく、

不思議な夢を見たり供養を求められる期間なのです。

でも今年は、
その大事な期間を安静に過ごさなければなりません。

やっとの思いで出家得度したものの、
今は供養を求めてくる先祖霊よりも、

生きて生まれてこようとしている自分の息子の方が大事なのだということを、
先祖の皆さんにわかってもらえたら、と思うのでした。


「お写経できないものは仕方ありませんし、
読経も最初から寝ながら読んで大丈夫ですよ」

師匠が明るく、そう答えてくれました。

そして、

「またご自宅へ伺っても大丈夫ですか?」

と言ってくれました。

それを聞き、

私のフォローのために師匠が動いてくれるのだと思い、

とても心強くなったのです。



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出家得度をしてから二か月が過ぎました。

得度式の最中に、

「両親に、これまでありがとうございましたと、
別れの挨拶をしてください」

というようなことを師匠に言われ、
言われるがままにその場で両手をついて、

「オンサラバタタギャタ・・・」

と、両親に対して恭しい挨拶をしたのです。

その瞬間、両親は私自身の業を映し出す鏡に過ぎず、
本来は仏様であったのだと素直に思え、

それまで抱えていた両親への恨みのようなものが一切、
消えてしまったように感じました。

両親への憎しみや恨みつらみの正体はすべて、
自分自身への自己嫌悪に過ぎなかったのだと、
わかったのです。


「得度とは、両親と自分の名前に別れを告げて、
仏様の弟子として生まれ変わること」

だと言われていた意味が、
こうして二か月の過ぎた今、
ほんの少し理解できるようになりました。


理由はどうであれ、
私は今、実家へ出かけることもできずに、
自宅でたった一人で安静に過ごしているのです。

私に与えられたこの時間が、
明らかに両親との距離を確認するための時間になっていて、

「なんにもしなくていいから」

と妹や娘に止められながら、
全てのトラブルに関わらずに身を引いているのです。


「汚いトイレの夢を見た、
それから黒い人がたくさん湧き出てくる夢も見た、
嫌な予感がするからまりちゃんと一緒に、
バアバの家にお浄めに行ってくるよ。
お母さんは家でおとなしくしてればいいから」

と娘に言われ、
また私はそれに関わらずに過ごしているのです。


以前、サイキックな力のある先生にお会いした時に、

「あなたは次の段階にはいる時、
一回このお仕事(タロットカードリーディング)を辞めることになるね。
それは次の段階へ入る準備の為の大事な時間だから、
その時が来たら惜しまずにお客さんを全部断って、
何か月でも布団の中でじっとしているといい。
中途半端に仕事を続けないことだね。
時期が過ぎたら、
一回り大きくなってたくさんクライアントさんが来るようになるから」

と言われたことを思い出しました。

あれはもう三年前のことでしたが、
今がその時なのだと理解したのです。

私は今、蛹なのだと思うことにしました。

毎月毎月、
うちを訪ねて来てくれるクライアントさんたちの悩み相談に乗り、

途切れることなく三年の過ぎた今、
お客さんの予約を全部断って家の中でじっとしていることはとてももどかしく、

自分が役に立たなくなってしまったかのように感じる日もあるのですが、

窓の外を毎日毎日ボーっと眺めながら、
次の段階へ入るための準備を続けようと思うのです。







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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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