真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]

治療薬


『卵の部屋』の夢を見てから、
調子が良くなり始めました。

「いよいよ8か月に入りますので、
ますますお腹が張るようになりますから安静に」

という指示を妊婦健診で受けたものの、

「この子は無事に生まれてくる」

という確信のようなものがはっきりと生まれ、
体の具合は良くなったように感じました。


施餓鬼会と地蔵盆を前にして、
実家の母の様子はいよいよおかしくなり始め、
あの警察沙汰の後にも頻繁に外に向かって叫んでいるようで、

早朝から、
実家の隣家の伯母からの電話のかかってくることがありましたが、
私は電話に出ませんでした。

せっせと実家に通ってくれている妹に、

「お姉ちゃんは今はなんにもしないで、
一切関わらないで」

と言われ、
私は自宅での隔離状態が続いているのです。


隔離されながらも、
相変わらず本家や実家の夢を見るので、

ホメオパシーの通信相談を受け、
今の状態を先生に話しました。

すると、霊的アタックをダイレクトに受けないようにと、
『ドルフィンソング』というレメディーが送られてきました。

イルカの波動で、チャンネルを変えましょう、
という説明が書かれていました。

『般若心経サポート』と『祝詞サポート』、
『一切成就』でカルマ落としをして、

マヤズムはスフィライナムが出されました。

そのほか、夢見の悪いようならと、
ベラドーナやストロモニューム、
ラカシスも随時飲むように言われました。


それらのレメディーを摂るようになり、
一週間で、本家や実家の夢を見なくなりました。

今は赤ちゃんのことだけを考えていたいのです。


妊婦健診のたびに後ろを向いていて、
なかなか性別がわからなかったのですが、

入院中の検診でようやく、
男の子だとわかりました。

卵の部屋の夢の中でこの子は、

「たくさんの人を笑わせて元気にして、
戦争のない世の中に変えるために生まれたい」

と志願していました。

それは素朴な志ではあるものの、
確かに『笑いは地球の治療薬』だなと感心したのです。







スポンサーサイト
  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


その夢を見た前の晩は、
娘がこんな話を聞かせてきたのです。

「今日は学校で、すごいDVDを観たんだよ。
人権についての内容だったんだけど。
主人公は36歳の妊婦で、
検診の時に赤ちゃんの首の後ろにこぶのような影が見つかるの。
ダウン症かもしれないから羊水検査を受けてみないかと医者に言われて、
思い悩む夫婦の諍いがその内容だったの。」

娘がその日に、大学の仏教科の授業で観たという、
DVDの内容を話し始めました。

「その妊婦さんの旦那さんは羊水検査を強く勧めてきて、
でも妊婦さんは,
『この出産が人生最後の出産になるかもしれないのに』と言って、
検査を受けたくないというの。
それで夫婦は意見が食い違って諍いになるんだけど。
私、このリアルな諍いを最近目にしたばっかりだなって、
他のクラスメイトのように他人事には思えなかった。
胸に突き刺さってきて。
DVDを観た後は、人権についてどう思うかを書かされたの。
中絶は殺人かどうか、という内容について。
私には今日の授業はリアルすぎて、筆が重かったよ!」

娘の話を聞き、
今回子供を出産するかどうかについて深夜遅くまで家族会議をした、
今年の二月の出来事が蘇りました。

今でこそ夫は、大きくなった私のお腹を優しく撫で、
胎動を感じないと、

「おーい、寝てるのかあ?」

と、お腹の子供に話しかけるようになりました。


私は娘に、

「この世界で本当に価値のある財産は何だと思う?」

と尋ねてみました。

娘はすかさず、

「人の命」

だと答えました。


その晩、夢の中で、
私は不思議な部屋の入り口に立ちました。

部屋には『卵の部屋』と書いてあり、

中に入ると、3mもあろうかと思う鳥の雛が、
たくさん行き交っていました。

いつのまにかその雛の背中に乗り、
何羽もの巨大な雛たちとすれ違いながら、

大きな卵の前にたどり着きました。


それは大きな卵型をしたドームハウスで、
入り口には3歳前後の小さな子供たちが並んでいました。

私は、案内係の雛の背中にまたがりながら、
その、子供たちの様子を見ていました。

そこに並んでいるのは、
現世に生まれることの確定した子供たちで、

そのドームハウスの中では、
何をするために生まれるのか、
どの家族の元へ生まれていくのか、

どんな条件を持って、
どんな人生のシナリオで、
寿命はどのくらいで戻って来るのかなどを,
登録するために並んでいるのでした。


その列の中に、
私のお腹の赤ちゃんも並んでいました。

それを発見して、涙がぶわっと噴き出しました。

「生まれることが確定したんだ!」

と喜びの気持ちが湧き上がりました。


同時に、中絶したあの子は,
ここに並ぶことができなかったのだと思いました。

「でも、あの子を中絶したからこそ、
私は今のような喜びを知ることができた、
命の尊さを知ることができたの」

そう思った瞬間に目が覚め、
時計を見ると明け方の四時でした。

「娘も息子も、夫も私も、
いつかあの列に並んで自分で志願をして生まれてきたんだ。
やることが、やりたいことがたくさんあって、
自分でシナリオを書いて、自分の意志で生まれてきたのだった」

目覚めてもその感動の波は止まらず、
隣で眠っている娘を起さないように、
おいおいと泣きました。

それに気が付いた犬が、
静かに私の涙を舐めました。

「この子(犬)でさえ、あの列に並んで生まれてきたに違いない。
そうして、私の役にこんなに立っている」

と思いました。

犬を抱きしめながら、

喜びの涙に浸ったのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

自己処罰



「私、ひろ君(従弟の仮名)に電話を掛けてみようかな。
もしうまくいけば、ひろ君をお寺へ連れて行ってあげたい」

妹が言いました。

「それはいい考え!」

と娘も言いました。


母を警察に突き出そうとする従弟に対して、
憎しみの想いではなく、

妹と娘が憐れみの気持ちを向けていることを嬉しく思いました。

観音様のご利益がみんなの心に浸透し、
きっとこれからは良くなっていくのだろうという希望が視えました。


従弟は、罪悪感に打ち勝てずに苦しんでいるのです。

35歳を過ぎて、
未だに実家を出られずに、

3歳の息子がありながら、一緒に暮らせないでいるのには、
従弟の性格が悪いわけでも歪んでいるからでもなく、

幸せにならないようにと、
自己処罰を続けているせいなのです。

母を警察に突き出そうとし、
自分を私や妹に嫌われるように仕向けているのも、

殺人を犯してしまったことで、
自分を赦さずにいるからなのです。


従弟が人生をやり直してくれればいいと、
妹は強く願っているようでした。

妹と従弟は一歳違いで、
七歳年の離れた私とは違い、

毎日一緒に、あの庭で二人で泥んこ遊びをした仲なのです。

でもそのためには、問題の根本が20年前に起きたイジメのことであり、
相手のお子さんに親族みんなでお詫びをしなければならないのだということを、
みんなが直視しなければなりません。

全てを霊のせいにするつもりはなくとも、
その、相手のお子さんのお母さんの生霊の念が送られ続けてきて、

母に憑依をして、実家の隣家に向かって嫌がらせをしていることを、

ついに確認してしまったのです。


「でもね、本家の伯母さんはこんなこと何も知らないから、
とにかくお母さんが頭の病気なんだと思っているでしょ。
伯母さんとしては、私に保健所に相談に行ってほしいみたいで、
そこは譲れないみたいなのよ」

と妹が言いました。

確かに、

「私があんたたちのお母さんを病院へ連れて行けと言っているのに、
私の言うことなんて馬鹿にして聞かないで、
さっさと病院へ連れて行って薬を飲ませなさい」

という、本家の伯母からの苦情の電話を受けた夢を見た朝に、
私は出血してそのまま入院になったのです。


「ね、ポーズだけのことなんだけど、
保健所に相談してみるよ。
霊的な問題も深く絡んでいるから、
お母さんの幻聴が薬だけで治るとは思えないし、
もし薬で良くなったとしても、根本的な問題が解決するわけではないでしょう。
だから本当に良くなってもらうために、
お母さんにはホメオパシーの通信相談を受けさせようかと思うの。
あとは供養を続けていって。
でも保健所に相談もして、伯母さんの言うこと聞いたという姿勢を、
伯母さんに一回見せようかと思うんだ」

妹が提案しました。

「わかった。ではその時に、ひろ君のイジメのことも話そうよ。
知らないよりも、みんなが本当のことを知っている方がいいよ。
本家の伯母さんは護摩祈願へ通ったり、
そっちの方面のことも一生懸命やっているから、
話せばひろ君の同級生へ供養の気持ちを向けてくれるようになるし、
それがお母さんを守ることにもつながると思う。
親族みんなで謝って、供養の気持ちを向けて行けば、
きっと変わると思うよ」

と私は答えました。


本家の伯母の娘と、実家の隣家の伯母の息子は同級生なので、
その自殺をした生徒さんの名前も確認できると思ったのです。


「イジメなんてするもんじゃないね」

と娘が徐に言いました。

「人が一人死んだら、その家族の一生が縛られて、
人を死に追いやった方にも、一生を台無しにするような罰が回って来るんだね。
その家族にも親族にも、広範囲に恨みの念が回って来てさ。
はっきり言って、お母さんの従弟のことで、私にまで回って来ていて。
それで相手もこっちも誰も幸せになれないようになってるんだよ」

と娘は言い、私と妹は黙り込みました。


日本全国で、いじめの件数がどんどん増えていると、
先日テレビで観たばかりだったのです。

誰も幸せになれないで、
その原因に目を向けずにやり過ごしている人が、

私たちのほかにどれほどいるのかと思うと、

「そんなことをしたら、一生を台無しにしてしまうよ」

と、今現在いじめにかかわっている人みんなに、
忠告をして回りたい気持ちになるのでした。




  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

罪悪感


師匠が帰ってしまうと、入れ替えに妹がやってきました。

妹と娘と私の三人は、
師匠の言ったことを交えながら、

これからどうやって本家の伯母や実家の隣家の伯母と付き合っていくのかを話し合い、
20年前の従弟の起こしたいじめ問題について話し合いました。


「その子が自殺をしたのが中学校の卒業式の後だったということは、
卒業後のことということで、
誰がいじめたとかそういうことはうやむやになったんだろうね」

と妹が言いました。

「たぶん、いじめた子たちは自覚があっても、
卒業後のことだったら、
謝りには行ってないんじゃないかな。」

と私が言うと、

「でも間接的に殺人を犯したということなんだよ。
相手の子の親御さんにしてみれば、それで誰も謝りに来なかったと、
今でも恨みの念を送ってきているというのは当然だよ。
親が子供の手を引いて謝りに来たって許せないのに、
謝りにも来なかったのなら恨みは倍増だね。」

と娘が言いました。

間接的に殺人を犯した従弟は、
謝るチャンスも失ったまま、

己の罪悪感に打ち勝てずに、
悪い道へと入っていったのです。


母が家の中から隣家の伯母や従弟に向かって罵詈雑言を喚き散らし、
今回はついに、隣家の伯母の車に向かって水を撒いてしまいました。

隣家の伯母は、

「一体いつからこんなことになったんだろう。
私が何をしたって言うのかしら。
昔はみんな、それなりに仲良しで、
一緒に河原にバーベキューに行ったりしていたのに。
私が何をしたって言うの」

と、去年の夏に嘆いていましたが、

いつからこんなことになったのかと言えば、
その事件があってからこっち20年のことなのです。

「お祖母ちゃんが亡くなってからだよ。
それからお母さんがおかしくなって、関係もおかしくなったんだ」

と本家の伯母は推測しましたが、

考えてみれば、

祖母の亡くなった翌年に、その事件は起きたのです。


本当は、眼を逸らしてはいけない何かが起きている、
ということを、本家の伯母も隣家の伯母もわかっているのです。


2年前のお盆に、実家の隣家の従弟と再会をしたときに、
従弟は自分がイジメをしたことと、
相手のお子さんが自殺してしまったこと、
お寺へ通って写経もしたけれど結果やくざの道へ入って、
覚せい剤で捕まって二年間刑務所にいたことを私に告白してきたのです。

実家とお隣同士で住みながら、
従弟と会話をしたのはそれが20年ぶりであり、
その後結局従弟と話すことはなく、
また二年の月日が流れてしまいました。


「ひろ君(従弟の仮名)とファミレスで会った後に、
そのファミレスで、ひろ君と待ち合わせをする夢を見たの。
でもひろ君は待っても待っても現れなくて、
『ひろ君を見失ってしまった』と思ったところで目が覚めたんだ。
それから本当に、とても冷たいメールだけが時々来るようになって、
ひろ君は私の前には現れなくなったの」

私は、二年前に従弟に再会したことが最初で最後になってしまったのだと、
妹と娘に話しました。

「でも、20年ぶりに再会したお母さんに、
いきなりそんなダークな話する?
自殺に追いつめたとか写経したとかやくざの道に入ったとか。
誰にも内緒で、実は刑務所にいたことまで。
さらには自分には息子が一人いることまで喋ったんでしょう。
ひろ君には、人生をやり直す気持ちがあるし、
その同級生を供養する気持ちがあるんだよ。
だからそんなにぺらぺらお母さんに喋って。
助けてほしかったんだと思うよ」

と娘が言いました。

「問題が深いのは、実家のお隣の伯母さんの方だよ。
根本的な問題は、同級生を死に追い込んだことで,
罪悪感から救われない自分の息子のことなのに、
そこを絶対に見ないようにしてる。
問題がバアバの頭のおかしいせいだとすり替え続けて今日まで来たけど、
苦しみ続けている自分の息子を直視しないと解決できないよ。」

娘がきっぱりと言うと、

「うん。お母さんを精神病院に押し込んでしまえば,
問題は解決すると思っているみたいだけど、
お母さんがいなくなっても、穏やかにはならないよね。
また別の形で問題が発生して、
今度こそ、眼を逸らし続けてきた本当の問題にぶち当たって、
その時にお母さんのせいではなかったと気づくだろうね。
でもそれでは遅いよね」

と、

妹も、本当の想いを話したのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

自分の力


私を見舞いに来てくれた師匠に、
一連の出来事について相談をし、

最後に、今年の施餓鬼会と地蔵盆の供養を申し込みました。

「施餓鬼と言えば、
母の旧姓での先祖供養しか思い浮かばないのですが、
本家の畑と分家二軒、
あの一体に扶養する未浄化霊全部を供養するには、
有縁無縁の因縁霊全部でお願いした方が効果あるでしょうか?」

毎年施餓鬼の方では、
何年もの間ずっと母方の旧姓での先祖供養を申し込んできた私は、

いつまでたってもごたごたの収まらない,
あの土地全部の供養をお願いしたくなり、
師匠に相談をしてみたのです。

「有縁無縁・・というよりはやっぱり、
全部お母さんの旧姓のご先祖様の霊なのではないですか?
付け足すとすれば、施餓鬼の方で、
例のあの方の供養をすればいいと思います。
施餓鬼で供養をすることも確かにパワーはありますが、
さっき言ったように、日頃の読経や写経が一番大事だと思います。
隙を作らず油断せずに、今は遠隔でお母さんに念を送って、
お母さんを守ることです。」

と師匠は答えました。

例のあの方というのは、
20年前に従弟のイジメによって自殺をした男子生徒のことなのです。

「実は私、この三日間くらい読経をさぼっていたんです。
入院中ですら、看護師の目を盗んでこっそり毎日読経していたのに、
この三日間ほど突然面倒くさくなって、
家に帰ってきたし、まぁいっか、とさぼっていて、
二日前のあの朝も、あんなにたくさんの警告があったにも関わらず、
まぁいっか、とやってしまったんです。」

私は正直に、
自分が隙を作ってしまったのだと告白しました。

「そうですか。それでもいいですよ。仕方ないです。
読経をさぼると、
さぼってはいけないのだとわかるような出来事が起きるようになっていますから、
そうしたらまた読経を続ける気になるでしょう」

師匠は決して私を咎めはしませんでしたが、
さぼれば自分に返って来るだけなのだと、
咎めるよりも厳しい一言で私を窘めました。


それから師匠は、

「話は変わりますが、
やっぱりお寺を引っ越すことになりそうなんです」

と言いました。

やっぱりか、と思った私に、

「一年前に瑠史さんが得度を決めた時、
もしもお寺が引っ越すことになったとしても気持ちは変わらない、
得度する決心をしたのだと言ったこと、
さすがに瑠史さんは(引越しを言い当てたことを)すごいなと思いました」

と言いました。

師匠は、私が頼りすぎた時に必ず、
こんなふうにして私に力があるのだと言い、

私を突き放すのです。

「どこに引っ越すことになると思いますか、と質問をしたときに、
瑠史さんの言った通りの方角へ引っ越すことになりそうなんです。
瑠史さんはやっぱりすごいですね」

師匠は尚言って、
私に私自身の力のあることを確認させました。

突き放すことで、

読経をさぼって師匠を呼び出す結果になった私に、
もう甘えたことを言わないようにしたのです。

読経を続けることは、自分の為にすることであって、
師匠に褒められるためにすることではないし、

先祖供養も自分の為にすることであって、
師匠に感心されたいためにすることでもないのです。


私はいつか、師匠なしで、
自分の力だけで、

夢に表れる未浄化霊の正体を見破り、
供養できるようにならなければならないのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

プレゼント


母と従弟のごたごたが起きた二日後に、
師匠が私を見舞いに、自宅までやって来てくれました。

「二日前にもこの近所をちょうどドライブしていて、
なんとなく、瑠史さんに電話を掛けようかと思ったんです。
でも寄るわけでもないのにと、やめたのですが。
電話を掛ければよかったですね」

と、師匠もどことなく感じていたという、
虫の予感について話してくれました。

「娘が夢に見た、やせ細った女というのは、
隣家の従弟の、例の自殺をした同級生の母親でしょうか?」

私は娘の見た夢や、
犬のうんちのこと、不動明王の真言の話をしました。

「いや、それはあの方のお母さんではないようですね。
その人(霊)は、ご実家に入り込もうと、
いつも家の周りをうろついている因縁霊ですね。
その人(霊)がご実家に入り込んでお母さんを困らせないように、
守ってあげる方法を取らなければならないですね」

師匠は言いました。

「いつも隙を作らないように、注意していなければ。
お母さんをそういった者(霊)から守るように、
守りの念を送り続けてあげればいいんですよ」

師匠はそう言って、

「あなたはパワーストーンをたくさん集めているのだから、
その石を夢の中でも使えばいいんですよ。
使えそうな石、お祖母ちゃんを守れそうな石が、
あるのではないですか?」

と、娘の方を振り向きました。

夢を見た張本人の娘は、

「石でどうやってお祖母ちゃんを守ればいいんですか?」

と言いながら、
自分のコレクションしているパワーストーンを選び始めました。

「夢の中で、お祖母ちゃんに渡せばいいんです。
その人を階段から突き落とすのではなくて、
お祖母ちゃんを守ればいいんですよ」

師匠は答えました。


「夜になると、私も本家の畑や、
実家の隣家の伯母のところへ引っ張られてしまうんです。
私が最後に見た夢は、実家の隣家の伯母に、
『お母さんをどこに隠した?』と問い詰められる夢でした。
今は赤ちゃんのことだけ考えて、
穏やかなマタニティーライフを過ごしたいのに、
眠ると本家や隣家の伯母に会ってしまって、
無視していると結局一昨日のようなことが起きてしまって、
私はどうすればいいんでしょう?」

9月の出産までの間、
穏やかに安静に過ごさなければならないというのに、

退院して帰ってきた途端に、
ごたごたの起きたことで心身疲れてしまった私は、

師匠に縋りました。


「跳ね返しても、跳ね返した力の分だけ、
向こうもこちらへ押し返してくるんですよ。
だから跳ね返そうとするのではなく、
夢の中で会ってしまったら、お数珠をひと粒渡すとか、
受け入れて、なにかプレゼントすればいいんです。」

師匠に言われて、なるほどと思いました。

逃げれば逃げるほど追いかけてくるというのは、
確かに道理だと思いました。


師匠は話しながら、私のお腹に塗香をかけてくれました。
それから両足にも、塗香をかけました。

それから、

「赤ちゃんが生まれてしまえば、
ごたごたは一回収まって、
誰も何も言わなくなりますよ」

と言いました。

そして、

「また、魂年齢の古い赤ちゃんが生まれてきそうですね」

と笑ったのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

本当の問題


従弟からの連絡を受けた私は、
しばらく布団の上で呆然としていましたが、

とりあえず妹に電話をかけてみました。

「お母さん、またやっちゃったみたい」

と電話を掛けると、

「こっちにも本家の伯母さんから電話かかってきたよ」

という、妹の力ない返事が返ってきました。

「お母さんを警察に連行できないから、
大至急連絡ほしいって言ってたよ」

と言うと、

「お母さんを警察に連れて行ってどうするつもりよ・・
ちょっと、そろそろはっきり言わないとダメみたいね」

と妹は言い、

「お姉ちゃんはまた出血しちゃうと困るから、
なんにもしなくていいよ、全部私が片づけるから」

と、すべてを引き受けてくれました。
そして、

「ところで、今朝は観音開きのドアに向かって、
不動明王の真言を6回唱えたところで目が覚めたんだよね・・
観音開きのドアの左右に、3回ずつ。」

と言ったのです。

妹と同じ夢を見ていたとは、
やはり味方の霊が私たち姉妹と娘に、
危険を知らせに来てくれていたのです。


妹が後始末をしてくれている間、
私は観音様の前に座って、

護身をしてからお経を読みました。

通常のお経を一通りに加えて、
大金剛輪陀羅尼を百回追加して読みました。

身動きのとれない私ができることは、
もうこれしかないのです。


夕方、全部解決したという妹からの連絡を受けました。

実家の隣家の伯母が、
車のエンジンをかけたまま荷物の出し入れをしていたところ、

洗濯物を干していた母が突然隣家の伯母に何か叫んで、
ホースを持ってきて、隣家の伯母の車に水をかけたという話でした。

「それを見ていたひろ君(従弟の仮名)が、
うちの母さんに何をするって怒って、お母さんを怒鳴って、
警察に電話したみたい。
本家の伯母さんと二人で菓子折持って、隣家に行ってきたよ。
本家の伯母さんは『まりちゃんが謝りに来た』と言ったけど、
私は謝る気持ちにはなれなかった。
だって、うちのお母さんだけが悪いわけではないじゃない。
本当は違うじゃない」

と妹は言いました。


本当は、違う。


誰にもわからないことだけど、
確かにそうなのです。

『ないことにしたままの問題』が根っこにあって、
みんながみんなで、母を悪者にすることで、
自分の問題から逃げていることを、

私と妹は、知っているのです。


意識に上げないようにしている本当の問題を直視して、
問題の根っこを解決させなければならない時が、

私たちみんなにやってきたのだと、

私はどこかで、覚悟を決めたのです。






  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

予感的中



その朝は、
何とも言えない不穏な空気を感じて目を覚ましました。

なぜか夢の中で不動明王の真言を唱えながら目が覚めて、
夢だったのか、実際に呟いていたのかがわからなくなるほど、

耳元ではっきりと、
「ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシャダ・・」

という自分の声を聴きながら目覚めたのです。


「わたし、寝ぼけてお経唱えてなかった?」

と、横で目を覚ました娘に確認しようとすると、

「すごい悪夢をみたよ!」

と汗ばんだ娘の叫ぶ方が先で、

「お母さんの実家の、あの二階へ行く階段のところに、
やせ細ったキチガイじみた女が半狂乱になっていて、
手にはカッターナイフを持ってたの。
私は階段の上にいて、女が上がってこないように、
何回も突き落すんだけどどうしても上ってきちゃうの。
誰でもいいから殺してやるって感じだったよ」

と、娘は一気に自分の観た悪夢の話をしました。

「それから場面が変わって、
その女が実家の庭で暴れていて、
お隣の伯母さんに掴みかかっていったの。
伯母さんは迷惑で仕方ないって感じだったけど、
本家の伯母さんも畑にいてね、
その様子を面白がって眺めているの。
家の中からバアバが、
『だから言ったでしょう、私の言った通り、
その女が暴れているだけなのよ』って叫んだの。」

娘の話に、

「その女って、実家の隣家の従弟の、
例の自殺した同級生の母親かな?
入院でうやむやになっていたけど、
やっぱり供養しないといけないんだろうね」

と答えつつ、何か変な臭いがするのを感じて振り向くと、

私の寝ている蒲団の顔面のすぐ横に、
犬のうんちがありました。

わがままで食いしん坊な駄犬ではあるけれど、
トイレだけは、間違わないはずなのです。

それなのに、よりによって私の顔のすぐ横に、
大きなうんちがデーンとしてあることには、

なにか不穏なメッセージが隠されているようにさえ感じました。

その上、
退院してからべったりと私のそばを離れようとしなかった犬たちが、
その前の晩から私の前から姿を消して、
別室でそれぞれ眠っていたことも合わせて、
妙な感じがしていたのです。

さらに、その日は朝から、
見えない宙に向かってわんわんとあまり吠え立てるので、

「犬もなんか変だし、夢も怖すぎたし、
今日はお数珠持って学校に行こう」

と娘が言い、私も嫌な予感を抱えつつ、
またその日も『安静に』横になっていたのです。


午後になって、ボーっと横たわる静かな空間に、
突然電話のベルがけたたましく鳴りました。

いつもと同じ電話の着信音なのに、
けたたましい音に聞こえたのです。

鼓動が一気に早くなり、

「これはろくでもない連絡だ」

と何故か思いました。

携帯電話を引き寄せて相手の名前を見ると、
実家の隣家の従弟からの電話だったのです。

予感的中、と思うのと同時に体が硬直し、

電話に出てはいけないという危険信号を受信しました。

胸がどきどきして、お腹が一気に張りました。

留守番電話をおそるおそる聞いてみると、

「叔母さんがまた発狂して、うちの車に水をかけたりしたので、
110番しました。
身内の人の了解がないと警察に連行できないそうなので、
大至急電話ください」

という内容でした。

お腹がゴリゴリに張って、
血圧が一気に上がるのがわかりました。

そこでやっと、
お知らせがあんなに来ていたのに、
全部無視してお経も読まずに横になっていたことを、

後悔したのです。


  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

感謝


約三週間の入院生活を終えて、
退院して自宅に戻り、

目の腐るほど爆睡しました。

朝から深夜まで、
いきなり看護師の飛び込んでくる環境で点滴に繋がれたままでは、

体は眠っていても、
心を休めることは一切できていなかったのです。


母に迎えに来てもらって自宅へ戻ると、
犬たちに歓迎されました。

このまま息ができなくなって死んでしまうのではと思うほど、
感激のあまり呼吸困難のようになった犬たちを順番に抱きしめました。

飼っているセキセイインコでさえ、
止まり木の上を落ち着きなく左右に行ったり来たりしながら、
全部のおもちゃをくちばしで鳴らして、私を歓迎してくれました。


私のいない間に、すっかり散らかりきった部屋の真ん中に、
娘が私のためにと敷いておいてくれた布団に横になりました。

すっかり安心して気が緩み、爆睡していると、
息子が学校から帰ってきました。

「お母さん、退院したよ」

と振り向くと、

息子の口元が、にんまりと緩んだのがわかりました。

「へえ、もう大丈夫なの?」

と何でもないように後ろを向いた息子の背中から、

「お母さんが帰って来て、嬉しくて仕方ない」

という喜びが伝わってきました。


夜になって娘も帰宅して、
久しぶりに家族と一緒に夕食を摂りました。

「ご飯も作るし洗いものもするから、
お母さんは寝ていて」

と頑張る二人の子供たちに甘えて、
犬の毛と、飛び散った鳥の餌の散乱する絨毯の上で、

「ありがとうね」

と言いながら、
言われるがままに横たわっていました。


その「ありがとう」は、

いつか自己啓発セミナーで涙を流したときの「ありがとう」とは全く質の違う、

私が自分の人生で真に手に入れた、


『感謝』だったのです。








  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

家族

真っ暗闇の中で光を求めて彷徨っていたころ、
自己啓発セミナーにも通いました。

「この世はすべてが愛でできている、
すべてが愛、何もかもが愛なんだ」

と先生は言い、

「ありがとう、ありがとう」

と、そこに集まったみんなでのありがとうの合唱が沸き起こり、
一斉に啜り泣きが起こりました。


今思えば、あれは疑似体験であったのです。


あの会場に集まって、
同じ目的を持った人同士でありがとうを言い合うことは、
入り口ではあるけれど、
ゴールではありませんでした。


確かに、真実は愛だけで、
その他のものは迷いそのもの、

すべてが煩悩です。


自灯明とは、

自身の中の真実だけに常にチューニングし、
目に見えるものや、
表面的な言葉に惑わされずに生きる姿勢のことだと、

私はたどり着いたのです。


自己啓発セミナーから帰った私は、
すっかり感化され、
気分も高揚して、

「すべてが愛だ、愛だったんだよう」

と涙を流し、

「その気味の悪い宗教団体のところへ行くのはもうやめて」

と、私の態度に辟易した娘に叱咤されました。


たしかに、他人の言うことに感化されてそうなっても、
それは『似ている』だけで本物にはなり得ないし、

そうした人同士で集団になって一体感や高揚感を得たところで、
家族との間に同じものを得る喜びの、
何分の一にしかならないのです。


学びの舞台は、常に家族との関係の中にあります。


家族だけは、

特に自分で選ぶことのできない親兄弟は、

宇宙が与えてきた自分にとっての唯一の、

一番適切な相手だからなのです。


この世での一番の苦行は家族と向き合うことであり、


喜びは家族と愛し合うこと、

和解すること、


悟りもそこから得られるし、

仏の世界もそこに広がっているのだと、

思えてならないのです。



  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

言葉


「家族の間には、言葉はいらないんですよ。
家族というのは、同じ時間と空間を共有するだけでいいんです」

師匠は静かにそう言って、
じっと私を見つめました。


この人のようになりたい、と思いました。


このような本物の『師』に出会えたことに対し、
宇宙に対する感謝の念が、
ハートの奥底から湧き上がりました。


家族から逃げてはならないのです。

どんなに偉大な『師』と呼ばれたとしても、
家族との問題から逃げている間は、
本物とはいえないのです。

最初は両親に対して感謝しかないという、
自分自身のつけている仮面に気づき、

親兄弟を恨んでいる自分を知ってがっかりしたら、

その親兄弟の業が、
そのまま自分の業だと知ってまた自己嫌悪に陥る、

そういうところを通ってこそ、
言葉は要らないという真実にたどり着くのだと思いました。


私はいつだったか、

「そんなにテレビが好きなら、
テレビと結婚すればよかったじゃない」

と夫を詰り、手に持っていた食器を叩き割り、
ヒステリーを起こして、夫に離婚を願ったことがありました。

あの時はつらく、出口がどこにもないように感じ、
ああ、私は誰からも愛されていないのだと、

目の前にいる二人の幼い子供たちを愛することもできなくなり、

育児放棄して、
自分だけを愛してくれる誰かを探しに、
外へ出かけて行きました。


あれは私の煩悩であり、
先祖代々受け継いだインナーチャイルドだったのです。


そういう時、決まって夫は、

「おまえが勝手にそう思っているだけだ」

と答えました。

そしてそれは、確かにその通りでした。


「私は誰からも愛されていない」

という煩悩が闇を作り、
傲慢な心が真実を覆い隠し、

私を盲目にしていただけだったのです。



  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

仏性


この隔離された部屋で毎日を過ごしているからこうなったのか、

得度したから変わったのか、

それともすでにここまでの成長を遂げていて、

こうして日常生活から離れたからこそ確認できただけなのか、

私は人の愛情や仏性の方を、
言葉でなくその人のかもし出す波動から、
感じ取ることができるようになりました。

切迫早産で入院しているから気が弱くなったのだろうか、
家族が優しくしてくれるからそんな気がするのだろうか、
とも考えたのですが、違うのです。

面会に来る母のほんの些細な仕草から、
妹の微笑みから、
娘の泣き言の中からでさえもそれを感じ取り、

毎朝部屋を掃除に来る、
病院の従業員の一言からでさえ、

それを感じ取れるようになったのです。


今までは、そうした人の『悪意』を感じ取ることなら得意で、
それを、厄介な自分の霊感なのだと思っていました。

嫉妬された瞬間や、
蔑みられた瞬間を決して見逃すことができず、
それが私をいつでも孤独にしていたのです。

もちろん今でもそれを感じ取ることもできるのですが、
そうしたちっぽけな悪意の向こうには、
誰の心の中にも無限に広がる『仏性』があるのだと、

私は白い壁に囲まれて点滴に繋がれ、
自由に動けない中で、
自分の体験で確信したのです。


「入院中に急成長ですね」

師匠はじっと私を見つめて、言いました。


「だからずっと、ご主人に寄り添ってくださいと、言ったでしょう」

師匠はそう言い、微笑みました。


得度のことで言い争い、そのまま出産のことで言い争い、
八方塞になった私に師匠は毎回、

テレビを凝視している夫に腹を立てるのでなく、
常に寄り添うようにといい続けたのです。


「こういう意味だったんですね!」

と私が笑うと、師匠は黙って微笑み、頷きました。

夫を思い通りに動かすのでなく、妥協して従うのでもなく、

『色』に惑わされるのでなく『空』としてものを視ろと、
師匠は言っていたのです。

正解は、心の目で見れば視えるのです。

正解がわからなくなるのは、傲慢な心が雲を作り、
欲望が真実を濁してしまうからだったのです。


二年前、ある霊能者から、

「闇は見切ったから、今度は光の方を視ろと守護霊が言っている」

と言われました。

そんなことを言われても、
闇しか見えないのだから仕方ない、と思いました。


あれから二年の月日の中で、私は成長できたのです。

あんなにわからなかった、謎かけのような『光』とは、

ほんの些細な、


人の優しさのことだったのです。




  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]

波動


それから私は、息子が歯を折ったことと、
自転車で転倒をして救急車で運ばれた話を聞いてもらいました。

「幸い、打撲とたんこぶと擦り傷で済んだのですが、
私に家に帰ってきて欲しいというメッセージなんですよね。
娘もやたらと、
飼っている犬たちが震えているとか体温が下がったとか、
下痢をしたとか、元気がないとか訴えてくるんです。
たしかに犬も具合悪いのかもしれないけど、
本当は自分のことを言っているんですよね。」

私は師匠にすっかり話を聞いてもらいました。

師匠は微笑みながら頷いて、

「抱きしめてあげたら良かったのではないですか?」

と言いましたが、
私は保険証を取りに来た息子を抱きしめてから帰したのです。

「不良が、本当にいたんですね」

と師匠はさらに言って、
宙を見つめてから、

「坂を下る途中のところですか?」

と言いました。

息子が転んだ場所を霊視しているのがわかりましたが、
今更驚くことでもなく、

「そうです。そこです」

と答えました。

と言う私も、その場所を確認したわけではなかったのですが、
師匠と同じ風景を視ているのが、なぜかわかったのです。

視えないものを一切信じない息子だと思っていたのですが、
やはり私の息子、不良と表現していたのは、
『魔物』のことだったのです。

「帰り道にお数珠を持たせればよかったんですね」

と言うと、師匠はまた、黙って頷きました。


「この部屋で誰にも会わず日常生活から離れていると、
普段見過ごしているものがよく見えるんです。
面会にやってくる子供たちの本心や、母や妹の愛情と、
それに夫の本心も、よく見えたんです」

週末に見舞いに来た夫は、私に声をかけるでもなく、
黙って病室に入ってくるとテレビの前に椅子を持って行き、
ただずっと、テレビを凝視していました。

でも、シャワーも禁止、お風呂も禁止の私が、
「足を拭いて」とお願いをすると、黙って振り向き、
私のの足をごしごしと拭いて、
そして帰っていったのです。


「家にいるときと全く同じ、私と会話するでもなく、
テレビを見て帰っていきました。
それでも不思議なことに、テレビを見ている夫の背中から、
愛情のような波動が私に流れてきたんです。
テレビを観ていても、意識は私に向かっていて、
私とお腹の赤ちゃんを心配しているのがわかったんです。
日常生活の中にいたら絶対に見過ごすような繊細な波動を、
感じることができたんです」

私は、ここ数日ずっとこの病室で感じていた、
不思議な『波動』のことを師匠に話すことで、

自分自身の成長を確認することにしたのです。





  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY

プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

個人セッションのお申し込みはコチラまでメールにてお願いいたします。
facebookはコチラ

☆サイト『ココナラ』さんでもメール相談を受け付けています☆

最新トラックバック

カテゴリ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

かんのんいんカウンター

« 2014 06  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR



.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。