真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

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隔離


「不良が溜まっているかもしれない」

と心配していたその場所でペダルを踏み外した息子は、

派手に転倒して、気づいたら救急車の中だった、
と言いました。

病院から呼び出されて迎えにいった娘と妹が処置室に入ると、
ベッドにちょこんと腰掛けた息子は涙ぐんでいて、

しどろもどろに支離滅裂なことを口走っていたようで、

「私の顔を見たら安心して、
次第に落ち着いたの。でも脳震盪起こしていたのか、
転んだときの記憶が全然なかったんだよ」

という、娘からの事後報告を受けたのです。


翌日、退屈な私のためにと仏教の本を手土産に、
師匠が面会に来てくれました。

色々な不安でいっぱいになっていた私は、

そもそも入院した日の朝に見た、
本家の伯母の夢の話から聞いてもらいました。

「霊障で出血したとは思っていませんが、
あの夢が全く関係ないとも思えないんです。」

と言う私に師匠は、
それが霊障だと脅すようなことも言いはしませんでしたが、

「そういうときの本家への電話は、
妹さんにお願いしたほうがいいですね」

と答えました。そして、

「夢の中で伯母が、
あたしがあんたたちのお母さんと仲良くしようと、
こんなに努力してるのにあたしを馬鹿にして、
病院に連れて行って薬を飲ませろと言っても、
ちっとも言うこと聞かないじゃない、
というようなことを喚いたんです」

と話す私に、

「それ、伯母さんの努力なんでしょうか?
見当違いのことはやめてもらって、
瑠史さんや妹さんと付き合うことだけで満足してもらって、
お母さんのことは諦めてもらわないと続かないのではないですか?」

と言いました。

それは伯母の口から直接言われた苦情なのではなく、
単に私が勝手に見た夢だったのですが、

やはり私の思っていたとおり、
夢で伯母の想念をキャッチしていたのです。

「三月に祖母の命日があって、
今月は祖父の命日があったんです。
母が本家に顔を出さなくなって何十年にもなりますが、
命日のころになると、
母が顔を出さないことに腹が立つのだと思います」

私は師匠に、さらに不安を聞いてもらいました。

伯母は、嫁に来て40年、
最後まで投げ出さずに、舅と姑の面倒を看きったのです。

伯母にしてみれば、
母からいくらでも感謝してほしいはずであって、
嫌われる道理がないのです。

「でも、本家の伯母が畑に来ても、母は伯母を煙たがり、
カーテンを閉め切って、
伯母が帰っていくまで息を殺してるんです。
畑は目の前だし、隣家の伯母ともあんなだし。
でもその責任まで私に回ってくるのなら、
伯母とは付き合えないですよ」

私がため息をつくと、

「あの畑に!それはそれは色んな想念が渦巻くわけですね!」

師匠は笑い出しました。そして、

「これからは三月の命日と五月の命日、
それからお盆にも本家へ行ったほうがいいですよ」

と言いました。

ええ、と眉をひそめた私に、

「行けないんですか?」

と師匠が顔を覗き込んできたので、

「め・・・めんどくさ・・・」

と正直に答えると、

「近いのに!」

と呆れた師匠だったのです。


近くて遠いあの親戚の家に、
年に三回も顔を出さなければならないのかと、
思うと正直なところ憂鬱な気持ちにしかならないものの、

夢で想念をキャッチしてしまうのですから、
逃げられないのです。

得度したのだから、
もれなくこういった煩わしいオプションもついてくるだろうと覚悟はしていたものの、

そんなことならこのままずっと点滴に繋がれてこの部屋に隔離されていたい、

と思ってしまうのでした。



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SOS


保険証を取りに来た息子は、

「今日はこれ買ってきた」

と言って、コンビニのみかんゼリーを差し出してきました。

「いつまで点滴しているの?
大丈夫なの?」

と言う息子とクイズ番組を一緒に観ながら、

あの日息子は私に詰られるのではなく、
ただ抱きしめて欲しかっただけだったのだと反省しました。

相手の生徒の名前を突き止めて親御さんにに謝りに来させたり、
担任に電話をかけて腹を立てたりする前に、

息子と向き合うべきだったのです。

私がパートの仕事に夢中になり、
息子に関心を持たなくなったので、

私に注目されたくてイジメにあったり歯を折ったりしていたのです。

今ならわかる息子からのSOSを、
あの日の私は見逃していたのです。


息子に保険証とお金を多めに渡すと、

「帰り道の山道のところに、不良がいそうな気がするんだよ。
あの、トンネルを抜けたところに」

と息子が言いました。

外は雨で、夜の八時を回っていたので、

「不良も雨の日は家に帰っているんじゃない?
でも気をつけて帰ってよ。」

と言い、また息子を抱きしめてみたのです。

「汗臭いよ」

と照れながらも、
今度は息子のほうも私を抱きしめ返してくれました。


そして、その晩の深夜の娘からの電話で、

「まあちゃんがトンネルのところでコケて救急車で運ばれた」

という知らせを受けたのです。




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産婦人科まで自転車に乗って面会に来た息子から、
翌日また電話がかかってきました。

中学二年生のときに、
友達に顔を蹴られて折れた前歯が、
また折れたと言うのです。

どうしてこのタイミングで、と思いつつ、
もう一度ここまで、
保険証を取りに来るようにと言いました。

電話を切った後、
私はまた、苦い罪悪感に苛まれました。

息子が歯を折ったときの出来事は、
息子と私にとって未解決のままの、
忘れてしまいたい嫌な思い出だったのです。

あの日、パートの仕事から戻ると、
薄暗い部屋の中で、すっぽりと布団にもぐりこんだ息子の、
声を押し殺して泣きじゃくる声だけがしていて、

私が布団を引き剥がそうとしても、
息子は最初頑固に、
「なんでもない」と言い張り、布団の中から出てこようとはしませんでした。

尋常でない息子の様子に、
しつこく絡むと、

友達の家で顔を蹴られて歯が折れたのだと言うのです。

パートの仕事でくたくたになっていた私は腹が立ち、
息子を連れて歯医者へ行き、
まずは治療を受けてから、その友達の名前を聞きました。

しかし息子は、

「名まえはわからない。クラスも違うから。
家の電話番号もわからない」

と言うのです。

そこで私の怒りは頂点に達し、

名前も知らない子の家へ出かけていって、
歯を折られて親にも言わず、
のこのこ帰ってきたのかと息子を詰りました。

次に私は学校へ連絡し、

担任に事情を話し、
相手の子供の家に電話をかけたいのだと話すと、

「放課後に起きた出来事には関与できません」

と言われたのです。

その年もクラスでイジメにあっていた息子は、
学校で四六時中暴力を受けていて、

ある日私はその担任に、
「息子は学校でイジメにあっているようなのですが?」

と思い切って確認してみると、

「はい~。そうなんですよお」

という返答で、

私はその若い女教師を心の中で『クソ教師』と呼んでいたのです。


結局、歯を折ったという相手の生徒の名前は、
ご近所 さんの力を借りつつ、
上の娘から情報を集めて突き止めました。

突き止めて相手の親御さんに電話をかけると、
間の抜けた声で、

「はあ、そうなんですか、
ちょっと息子が今いないのでわかりません。
またかけなおしてください」

と言われ、一旦電話を切ったものの納得がいかず、
もう一度電話をかけて、

「まずはお母様が謝罪するのが常識では?」

と言うと、

「はあ。すみませんでした」

とまた間の抜けた調子だったので、

「電話で謝っておしまいですか?
家まで来るのが常識なのではないですか?」

とついにキレてしまったという、
なんとも嫌な、一連の出来事だったのです。

その苦い思い出に浸っていると、

息子がまた自転車に乗って、
保険証を取りにやってきたのです。



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心の世界


自分の本心は母性そのものであって、

邪魔をしていたのは『自己処罰』を続けようとする、
心の中に潜む『罪悪感』だったことに気づくと、

入院をしてから一週間、
音信不通な上に一度も面会に来なかった息子が、

自転車に乗って、
小一時間かけて私に会いにやってきました。

私のベッドから離れたイスに腰掛けて、

「シュークリーム買ってきた」

と言って、手土産を渡してきたのです。


思春期を迎えてから、
自室に篭もりがちの息子と、

どう接すればいいのかわからなくなっていた私は、

それもまた罪悪感による自我の罠でもあったのだと気がつき、

夢で見たのと同じに、
息子を抱きしめてみたのです。

「そんなに寂しいの?」

と照れながらも、
息子はそれを素直に受け入れてくれました。

心の世界ではみんなが繋がっていて、
自分が変わると必ず相手も変わるのです。

そうして、上の娘も息子も、
中絶した赤ん坊もお腹に宿っている赤ん坊も、

みんな同じなのだと思いました。

お腹に宿った赤ん坊を直視できない私は、

ほかの三人の子供たち、全員を、
直視できないでいるのです。

それは私が自分自身を直視できず、
受け入れきれないでいる証拠であり、

そして世界をまるごと、
受け入れていないことへと繋がっているのです。

この入院期間中、
家族と離れて一人きりで過ごすことになった私は、

大事なことに気がつくための時間を、
神さまから与えられたのだと、


気がついたのです。



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母性


四人の子供を抱きしめて、
大事に大事に、揺らす夢を見ました。

成人した娘と、18歳の息子、
それから、会ったことのない男の子と、

最後はこれから生まれてくる赤ん坊でした。


夢の中ではその四人ともが私の大事な子供たちで、
一人ずつを順番にひざに乗せて、

揺らしたのです。

「みんな大事な子、
私の大切な子供たち。」

一人ずつを順番に抱き占めて、
私の心の中は優しい気持ちで、

母性で満たされていました。


目が覚めて、

妊娠を喜びきれないでいる自分の想いの中に、

中絶をしたことへの罪悪感が、
まだ残っていたことに気がつきました。

私は自分自身に対し、
もう一度出産をして『育児』という幸せを手に入れることを、
許し切れずにいたのです。

中絶してしまった子供のことは、
何年もかけてお寺で供養を続けたものの、

あの子を直視して向き合ったことが、
一度もなかったことに気がつきました。

お腹に宿った子が、
あの子の生まれ変わりであるにせよないにせよ、

この罪悪感を引きずったまま対面するわけには行かないのです。

きちんと向き合って受け入れてさよならをして、

お腹に宿った子供とは、
クリアな関係として始めなければ、

これまでの供養に意味がなくなってしまうのだと、

やっと気がついたのです。



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内観


朝起きると朝食が運ばれてきて、

それが済むと看護師が検温に来て、
前日の排尿と排便の回数を聞き、
赤ん坊の心音を検査して立ち去り、

またすぐに昼食が運ばれてきました。

日頃、独楽のように動き回っている私は、
『何もしない』ということが性分に合わず、

看護師の目を盗み、刺繍をしたり、
写経をしたりして過ごしました。

それでも時間は余るほど私を悩ませ、
意味もなく部屋の中をうろついては、

看護師に見つかって叱られるのでした。

「もう嫌だ、発狂しそうだよ、
早く赤ちゃん産んじゃって、
この責任から解放されたい」

洗濯物を届けに来てくれた妹に愚痴をこぼすと、

「そう思っているから、
早産しかけたんじゃないの?」

と指摘されました。

「この際だから、
この入院中に赤ちゃんときちんと向き合えば?
赤ちゃんと会話してみれば?」

妹にそうも言われて、

私はやっと観念したのです。

発狂しそうになったのは、
やることが何もないからではなく、

忙しくすることで、
見ないようにしている問題と、

向き合わなければならなくなったからなのです。

なにもせずにベッドに横たわり、
白い壁に囲まれて、

一人きりで自分の心を内観しました。

妊娠したことを喜んでいるのか、
いないのか。

私は自分に尋ねました。


嬉しくないわけでもないが、

嬉しいわけでもない。


それが、白い壁から跳ね返ってきた答えでしたが、

その晩、私は自分の本心を夢に見たのです。


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三食昼寝つき


切迫早産で緊急入院をすることになった私は、
お腹の張り止めのウテメリンと止血剤を点滴されて、

「絶対安静ですから、この部屋からは一歩も出ないでください。
トイレに立つ以外は寝ているようにして、
三日経って経過が良ければ洗髪の許可、
一週間経って安定していればシャワーの許可が出ますから、
それまで我慢してください」

と看護師に告げられ、
白い壁に囲まれた個室のベッドに寝かされました。

出血したことで動揺しているうちはおとなしく横になっていましたが、
夕方になり薄暗くなり始め、
娘と母、駆けつけた妹が帰ってしまうと、

あれこれとやり残してきたことが気になり始めました。

『頭洗ってから来ればよかったな、
冷蔵庫にあれをしまい忘れてきた、
小鳥の飲み水を替えてこなかった・・・』

私は思い残したことをいくつもいくつも思い出し、
白いシーツの上で悶々と過ごしたのです。

ショックと疲れでうとうとして目覚めると、
まだ夜の8時を回ったばかりでした。

激しい動悸と頭痛、
顔のほてりに手の震えという不快な症状に加え、微熱も出て、
それを自覚してしまってからは、
自分の動悸が気になってどうしても眠ることができませんでした。

それはウテメリンの副反応だったのです。

慣れない病院のベッドの上で点滴をくくりつけられたまま、
通常の三倍ほどの速さで胸を打つ激しい鼓動に、

右を向いても左を向いても、
眠りに着くことはできませんでした。

翌朝、看護師が検温に来た時にそれを訴えましたが、
「それは仕方ないわよ」とだけ言われました。

退院したらホメオパシーで毒出ししなければ、
と思いつつ、点滴は打ち続けられ、
その不快な症状は三日間ずっと続いたのです。

三日経って洗髪の許可が下りたころ、
ウテメリンに体が慣れてきて、症状が治まり始めました。

薬に慣れる、というのも怖いことと思いながらも、
出血も治まり、お腹の張る回数も一気に減って、
安心しました。

安心して気が緩むと、
今度は『絶対安静』の状態にストレスを感じるようになり始めました。

洗髪してもらい、不快な状態から少し解放されると、
朝起きて朝食が運ばれてきて、

出されたものを平らげて横になっていると、
またすぐに昼食が運ばれて、

午後はうとうと昼寝をして、
天井を見ながら鼻歌を歌っていると夕食が運ばれてくる、

そんな三食昼寝つきの毎日に、

発狂しそうになったのです。






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絶対安静


本家の伯母から苦情の電話のかかってきた夢を見て、
伯母に電話をかけようと思い、
その前に観音様の前に座ってお経を読みました。

「余計なことにならないように、
きちんと護身してから電話をかけてよね」

その日は18日の日曜日、観音様の縁日の朝で、
学校がお休みだった娘が声をかけてきました。

やっと覚えたばかりの護身の印を結び、
観音経までの長いお経を一通り読みました。

この読経が終わったら、
伯母に電話をかけなければならないのだと思うと、

おなかが痛くなり始め、

最後は早口に経を読み、トイレに駆け込みました。

用を足し終わり便器を見ると、
真っ赤な鮮血で便器が染まっていました。

一瞬生理が始まったのだと思い、
頭の中が真っ白になってから、

「生理なわけないし!」

と自分にツッコミを入れ、

次にやっと現状を理解した私は顔面蒼白になりながら、

「赤ちゃんが死んじゃう!」

と思いました。


出血したことを娘に話すと、

「落ち着いて、まずは産院に電話して」

と言われましたが、

母子手帳がどこにあるのかさえ、
頭の中が真っ白でわからないのです。

ようやく落ち着きを取り戻しながら産院に電話をかけると、
入院準備をしてできるだけ早く来るようにといわれました。

実家の母に迎えに来てもらい、
娘と母との三人で産院へと向かいました。

緊迫した空気の中、無言で向かったのです。


「切迫早産ね。原因不明。
今日から最低二週間、入院してもらいます。」

産院に着くや否や、
私はパジャマに着替えさせられ、

点滴につながれて、

『絶対安静』

を言い渡されたのです。


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本心


「得度をしたら、ゆっくりでいいので過去帳を作り始めて、
観音様の前にお祀り出来るようにしていきましょう」

と師匠に言われていたので、

得度した報告と、
本家の仏壇のご先祖様のお位牌を見せてもらうために、

本家の伯母に電話を掛けました。

「得度できてよかったね、おめでとうございます」

と言ってくれた本家の伯母でしたが、
その声は暗くこもっているように聞こえたのです。

なんとなく、言いにくい雰囲気だと身構えつつも、

「伯母さんの家に、妹と一緒にまた寄らせていただいてもいいですか?」

とおそおるおそる尋ねると、

「そうね、またその頃電話してみて」

と冷たく言われ、
それ以上日にちの約束まで話すことができなくなり、
電話を切ったのです。


毎日の忙しさに、伯母のことはそのまま忘れて過ごしていると、
夢を見ました。

本家の伯母が実家へやってきて、
チャイムを鳴らし、ドアを叩き、

「開けてちょうだい、どうして入れてくれないの?」

と母に言うのですが、

「あたしお義姉さんと付き合う気ないから」

と母は煙たがり、ドアを開けようとはしないのです。


目が覚めて、なんとなく嫌な感じを心に残しつつ、
また伯母のことは忘れて自分の生活を楽しんでいると、

もう一度夢を見ました。


本家の伯母から電話がかかってきて、

「あたしが、あんたたちのお母さんと仲良くしようと、
こんなに努力しているのに、
あんたのお母さんはあたしをバカにして家に入れようとしないじゃない、
だからさっさと病院へ連れて行って薬を飲ませろと言っているのに、
それもバカにしてちっとも言うこと聞かないじゃない。
それであんたたちをうちへ呼ぼうと言う気持ちにはなれないわよ、
仕方ないでしょう?!」

と、普段温厚な伯母が、
夢の中ではすごい剣幕で苦情をぶつけてきたのです。


目が覚めて、これはただの夢ではなく、
本家の伯母の想念をキャッチしたのだと思いました。

母が伯母を煙たがり、

伯父と伯母が畑へやってきても顔も見せず、
挨拶もせずお茶も淹れないことを、

伯母は怒っているのです。

「なみちゃんのお母さんのことは理解しているから」

といつでも言ってくれている伯母の、
本心を夢で見たのだと思いました。


親の兄弟間の問題に首を突っ込むのは面倒なことだし、
親戚のことなど放り投げて自分の人生を楽しみたい、

と言うのが私の本心ではあるけれど、

夢でお知らせの来てしまった以上、
上手に対処していかなければならないのです。

「面倒くさいなあ」

と思いつつ、伯母の怒りの収まる一番良い方法を、
あれこれと考えてみたのです。






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忠告


「気味の悪い夢を見て、実家へお浄めに出掛けたんです」


お寺へ行くと、私は師匠に生霊のゴミ袋の話をしました。


その日は娘も一緒にお寺へ出かけたので、
娘の見た『袋詰めのめった刺し』の夢、

それから青い人型をなぞる夢の話と共に、
聞いてもらったのです。


「真言を唱えながら塗香を撒いたのですが、
今日ここへ来る途中にも母からメールが来て、
隣家の伯母がうるさいってまだ言っているので。
足りなかったのでしょうか?」

私は師匠に相談をしました。


「その生霊って、あの人ですよ。」


黙って話を聞いていた師匠はそう答えてくれましたが、

あの人というのがどの人のことなのか、

すぐには浮かばなかったのです。


首をかしげて、

「あの人・・・?」

と考えていると、


「三月のお護摩で供養した、あの方ですよ」

と師匠が言いました。


それでやっと繋がり、

隣家の従弟が中学生の時にイジメをして、
自殺してしまった相手の生徒さんのことだとわかりました。


「あの人ですか!供養してもらったので終わったのかと思ってました」

と答えると、

「そんなに簡単には・・赦してもらえないのではないですか?」

と師匠が言いました。


「でも生霊って言っていて、ゴミ袋に大きな男の人が入っていたんです。
あの方でしたら亡くなっているのですから、
生霊ではないですよね?
隣家の伯母が夢の中で、家の中に生霊が溜まって仕方ないって、
言っていたんです」

と尋ねると、

「だから、相手のお子さんの親御さんが送ってきているんですよ。
そりゃ、そう簡単には許せませんからね。
夢を見た時に、その都度供養していきましょう。
しないとお母さんが大変になるんですよ。アンテナで察知しますから」

と師匠が言いました。

「あの、ゴミ袋がうちの指定の可燃袋で、
夢の中で『これって私が持って帰るんじゃないの』って思ったんです」

とさらに訴えると、

「だから持って帰って来てるじゃないですか」

と師匠は、
何を今更、といったように答えました。


ゾッとして後ろを振り返りつつ、

それなら娘の見た夢は、
もしかしたら従弟は、相手のお子さんを袋叩きにしたのだろうか、
それを伝えてきたのだろうかと思いました。

青い人型を私が指でなぞる夢というのも、
人が変死をしたときにチョークで描くあの人型のことだったかと、

うっかり想像してしまい、鳥肌を立てたのです。


20年経った今でも、
生霊、怨念を隣家に向かって送り続けているのだと思うと、

亡くなったお子さんの親御さんの、
怨みの深さは計り知れないのだと思いました。


しかし、隣家の伯母が実家の玄関先へそれを捨てに来ながらも、

一家全員で実家の両親を怨み、
嫌っていることを想うと納得がいかないのでした。

得度前のことは前世の出来事、
と固くけじめをつけつつも、

隣家の伯母と従弟が母を警察へ突き出したことを思い出し、

そのような仕打ちを受けながら、


私が自腹でお金を払って、

「おまえんちの尻拭いしてんだよ!」

と言ってやりたい気持ちになりました。


こんなことなら、得度でなく『損度』だよ、

などとツッコミを入れたくなるのを抑え、


「瑠史さん、ネガティブなことを考えると、
地上へまっさかさまですよ!」

と、自分に忠告をしたのです。



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帝釈天


「得度をしたら、ご主人はもう何も言わなくなりますよ」


私が夫との煮詰まった関係ににっちもさっちも行かなくなり、
八方ふさがりの袋小路へと迷い込んだ気分になっていた2月3月の頃、

師匠は笑いながら、あっさりとそう答えてくれていました。


得度したとたんにこの関係が修復されるとはとても思えず、
師匠の言うとおりだとしても、

得度をしてから何年もかけて、
少しずつ良くなっていくのだと、

師匠はそう言っているのだと受け取っていたのです。


しかし得度をした途端に、
夫との関係は以前の関係以上に良くなりました。

このゴールデンウィークを、

夫と仲良く、子供たちと仲良く、
毎日を楽しく過ごしたのです。

夫も子供たちも、家事を手伝ってくれた上に私を気遣い、
特に夫は私の大きくなったお腹を手で摩り、

赤ちゃんを楽しみにしているのだと伝えてきたのです。


夫や子供たちに大事にされながら、
休みの午後に夫と並んで二人で昼寝をすると、

こんな夢を見ました。


雲の上にツアーで出かけて行って、

どこまでもどこまでも走っていく夢でした。

「どうしてこんなに晴れているの?
ずーっと、どこまでも永遠に晴れているんだねえ!」

ツアーのバスガイドに私が尋ねると、

「雲の上なんですからどこまで行っても晴れですよ。」

と笑われました。

雲の上に自分の足跡が付くのが楽しくて、

ポフポフと足跡をつけながら、
大はしゃぎでどこまでも駆けていくと、

「瑠史さ~ん、あまり遠くへ行くとはぐれますよ、
一人で行くなら、
絶対にネガティブなことは考えないでくださいね!
ネガティブなことを思うと、
地上へまっさかさまに落ちますよ~!」

と後ろからバスガイドに注意されましたが、

「こんなに晴れ渡った場所で、
どう頑張ってもネガティブなことなんて思いつかないわ」

と思い、
そこで目が覚めたのです。


現実に、夫や子供達に優しくされて、
ネガティブな想いにはまり込むことはありませんでした。


しかし、あの反対はなんだったのか、
夫の猛反対は一体なんだったのかと考えると全く腑に落ちず、

「おまえ、得度して仏の道に入ったのだからしっかりやれよ」

と笑いながらさらっと言い放つ夫に、
首をかしげるばかりだったのです。

夫の喜びようを見ていると、

むしろどこの誰よりも、

私の出家を楽しみにしてくれていたのはこの人ではなかったのかと、

そう思わずにはいられないのでした。


「ご主人が反対してくれていたから、
迷わずに得度できたんですね」


お寺で、夫の変わりようを得意になって話して聞かせると、
師匠がひと言、そう言いました。


そして、

「ご主人は帝釈天なんですよ。お釈迦様の話にも、
必ず反対する人、試してくる人が登場しますが、
それが帝釈天なんです」

と言いました。


反対する、という方法で、

夫は他の誰よりも『協力』してくれていた、というのです。


出産をも反対することで、

私に『絶対に産む』と決意もさせてくれていたのです。


その真実がわかり、

夢の中と同じに、心の中が雲ひとつなく、

晴れ渡っていくのを感じたのでした。




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実習


「今日、お母さんと私とで恐い夢を見たから、
バアバの家に行くことにしたよ」

と娘が母に電話を掛けました。

電話を切った娘は、

「バアバ、すごくヤバい感じになってたよ。
ものすご~く、憑りつかれている感じだった。
今日は来ないでって言ってたけど、行った方がよさそうだ」

と言いました。

実家へと向かう車の中で、

私の携帯電話に母からのメールが入りました。


どうせまた、私を傷つける内容のメールに違いないのです。

「図々しい、来るな」だとか、

私がげんなりとへこんで、
もう一生おまえのところになど行くものかと思わせる内容に、

違いないと思いました。


言わずとも事情を知りつくしている娘が、

「私が読むからお母さんは読まないで」

と言って、
母からのメールを私の代わりに読みました。


「要するに、来ないでほしいってことが書いてある。
でもお母さん読んだら傷つくから消しておくよ。
バアバに憑りついた魔物が、
お母さんを傷つける方法で祓われないようにしてるだけだよ。
こんな罠でくじけていたら、
この先他人のお祓いなんてできるようにならないよ。
バアバが練習台と思って、ここは図々しく押しかけよう。
得度したんだから、研修、いや、実習ですよ、瑠史さん」

娘にそう言われて励まされた私は、
自宅へ引き返すことはやめて、実家に向かい続けました。

その間、何度も何度も母からのメールを受信しましたが、

その都度娘が読み、黙って消していたようでした。


実家へ着くと、
しかめっ面の母が家の中から顔を出しました。

「何しに来たんだ」

と、その表情は語っていましたが、
庭をぐるりと塗香で清め歩きながら、真言を唱えました。


夢の中で、隣家の伯母が生霊を捨てて行った玄関周りは、
特に念入りに清めました。

そして実家に上り込み、さっさと観音様の前に座り込んで、
護身の印を結びました。


すると母と娘も私の後ろへ座り、
経本とお数珠を手にしたので、

母との何の会話もないまま、私は読経を始めました。

母と娘も私に続き、読経を始めました。


読経が終わると、母の表情は途端に明るくなり、

「ねえ、夕飯食べていけるでしょう?!
あんた20歳になったのよね、飲もう飲もう!」

と言い出し、

すぐに帰るつもりでいた私と娘は強引に茶の間へ押され、
母はあっという間に食事を作り、
テーブルへと並べていきました。


「だいぶ静かになったんだけどね、
隣だけがうるさいの。夕方になると出てきて、
うちの周りをうろうろして嫌なことばっかり言うのよ。
うちにゴミまで捨てていくし、もう我慢の限界だったの」

娘と一緒にお酒を吞みながら、母が言いました。

ゴミを捨てていくなんて、
母の妄想がエスカレートしているのだと思い辟易していた私でしたが、

どうにもこうにも、
私の見た夢の内容とつじつまが合うのです。

私はもう、母の言っていることをただの妄想と片付けることは、
出来ないと思いました。

実家に塗香を撒いているときにも、
玄関周りを清めた時には謎の鳥肌が立ち体が冷えて、

真後ろに男の人が立って私に息を吹きかけているような気がして、
ゾッとして観音様の元へと逃げ帰ったのです。


「今日はお経を読みに来てくれてありがとう。
すごく気分が良くなったよ」

明るくなった母に見送られ、

私と娘は実家を後にしました。


「お経を読んでいるとき、
男の人が様子を見に覗きに来ていて、
振り返ったら目が合ったの。
そうしたらお母さんが急に咳き込んで、
あのときお母さんの背中に、
たくさんの人がワッと集まってもたれ掛ってた。
背中を払ってあげたかったけど、
読経中だったから触っちゃダメかなと思って、
手を出さなかったんだ」

帰り道に娘がそう言いました。

読経中に突然喉が詰まって、息ができなくなり、
咳き込んでお経が読めなくなったのです。


「印を結んで護身していおいてよかった」

と思いました。


今までのように中途半端な気持ちでは、
実家を含む危険な場所には出かけられなくなったのだと、

身の引き締まる思いがしたのです。





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着信音


「必ず護身をしてください」

というアドバイスを受けてから、
毎朝時間を作り、印を結んでお経を読むことにしました。

偶然なのかどうか、忙しさにかまけて読経をせずに過ごしてしまうと、
夕方には恐ろしい片頭痛に悩まされ、
結局は後悔をする羽目になるのでした。


そうして、早速意味深な夢を見ました。


実家の玄関に、実家の隣家の伯母がやってきて、

「まったく、うちに生霊が溜まって溜まって仕方ないから、
捨てさせてもらうよ」

と言いながら、大きなゴミ袋に入った男の人を捨てて行ったのです。


日頃、

「隣がうちへごみを投げ入れて仕方ないから、警察に言ってやりたい」

という妄想を訴えている母が、その夢の中で、

「ほら、見たでしょう、こうやってゴミをうちに捨てているのよ。
あの女は。」

と玄関のドアから顔を覗かせ、
顔をしかめて言いました。


夢の中の私は、

「本当だ、お母さんの言うとおりだったんだ。
生霊を人の家へ捨てに来るなんて迷惑な」

と思いながらも、伯母に何も言い返せないのでした。


しかしよく見るとその生霊の入ったゴミ袋というのが、
私の住んでいる市の指定の燃えるごみの袋だったので、

「なんだ、これって結局私が持って帰るゴミってことじゃないの」

と、さらに迷惑な気持ちになり、目が覚めたのです。


目が覚める瞬間に、母からのメールの着信音がしたので、
携帯電話を確かめたのですが、

母からのメールも、誰からのメールも受信してはいませんでした。


「ああ、気味の悪い夢を見た。また隣家の伯母がらみだとは」

と思いつつ、

目覚める瞬間の着信音の空耳といい、

「そろそろ実家へ行かなければならないのだろうか」

と、嫌な予感いっぱいになりました。


娘も一緒に目を覚ましたので、

「すごく気持ち悪い夢見たよ」

と、早速夢の内容を話して聞かせようとすると、

「私もすごく怖い夢見た」

と言うのです。


夢の話を聞いてもらいたい私よりも先に、

「袋詰めにされて、めった刺しにされた夢見た、恐かった」

と言い、

「それから、青い人型の線の上を、
お母さんがずっと指でなぞっている夢。気味悪かった」

と言ったのです。


私が見たのが、燃えるゴミの袋に入れられた男の人の夢、
娘が見たのが、袋に詰められてめった刺しにされる夢とは、


「やっぱり今日、実家に行こう」


と決意をして、

娘を連れて、実家の母の様子を見に行くことにしたのです。





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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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