真言宗のお寺で出家得度して尼となり、修行を続けながらの自分自身の心の成長を綴っています。

かんのんいんブログ

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怠慢


師匠が真言を唱え終えて、お茶の席に着いたので、

「ありがとうございました」

とお礼を言い、

「あの、お侍さんと子供を憑けてきてしまったのでしょうか?」

と聞いてみました。


「早速頼られたんですか?
得度してすぐに頼られて、すごいですね」

と、師匠は笑って答えました。


私は夢に見た内容を話して聞かせ、
お侍さんを締め出してしまったのだと言うと、

「お侍さん、せっかく瑠史さんを頼って供養してもらいに来たのに、
締め出されて可愛そうでしたね」

と言われました。

「そんなに、性質の悪い人ではなかったのではないですか?」

と聞かれたので、

「はい、締め出したら諦めて帰ってしまいました」

と答えると、

「お写経一枚くらいで、浄化できそうなお侍さんのようですから、
それだけやってあげたら終わるのではないですか」

と師匠が笑って言いました。


「それと、子供は家の中に入れて引き取ってしまったのですが、
どうしましょう。どうすればいいのでしょうか」

と、私は子供の霊の方の相談をしました。

「この子も・・・性質の悪い子ではなさそうですね?
実家にいてもいいんじゃないですか?
お母さんが寂しくなくて、
居てくれた方がいいのではないですか?」

と師匠は、意外な答えを返したのです。


なんでもかんでも怖がって、
追い払わなくていいのかと思いました。


「縁のある人、というよりも、
お侍さんも子供も、迷子になって道がわからなくなり、
実家にふと立ち寄った、という感じだったんです」

私はさらに、夢の感想を話しました。

「そうですね。これからも次々と、
ふと立ち寄る人が増えていくと思うんです。
生きている人以上に、未浄化霊がたくさん来ますよ。
だから必ず護身してくださいと、言ったんです」

と師匠に言われ、

霊に憑かれて心に負けて、
お経が読めなくなっているようではダメだったのだと、

反省しました。


でも毎日はしんどいな、
なんとか三日に一回くらいにまけてはもらえないだろうか、

という自身の怠慢な心と戦う日が、

当面は続くのだろうと思ったのです。








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護身


護摩祈願の前日は、体が重く、気怠く、
何もやる気が起きませんでした。


「お経読みたくない、なんにもできない、めんどくさい」

と言って夕方まで横たわっていると、

「おい、起きてお経読みなさいよ。
あれだけ得度したいと騒いで、
家族をしっちゃかめっちゃかにしておいて、
得度したとたん三日坊主かよ、
ダジャレのつもり?本当に三日しか立ってないじゃん」

と娘に叱られました。

「ほら、瑠史さん、起きなさい、
起きてお経を読んで結界張りなさいよ」

と尻を叩かれ、

「わかったよ」

と、重い腰を上げて観音様の前に座りました。


お経の前に、
印を結んで身を守らなければならなくなったのです。

得度をすると、今まで以上に未浄化霊が頼って来るようになるので、
必ず『護身』をし、自分の身を守らなければならないと言われ、

それが七面倒くさく思えて、

護摩祈願の前日は、なぜだかどうしても、
体が言うことを聞かなかったのです。


その晩は、こんな夢を見ました。


実家で寛いでいるとインターホンが鳴ったので出てみると、

「宅配便です」

と言うのです。

玄関まで出てドアを開けると、

宅配の人ではなく、そこに立っていたのは、

お侍さんでした。


「ヤバい人来ちゃった」

と思い、私はそのお侍さんを締め出して鍵をかけました。

ドアの向こうで、

「こうでも言わなければ開けてもらえないと思ったのに」

とお侍さんは喚いていましたが、
諦めて帰ったようでした。

すると今度は裏口で子供の泣き声がして、
行ってみると、4~5歳くらいの男の子が泣いているのです。

自分は迷子でどこに行けばいいかわからない、
だからここに来たと言いながら、
私にしがみついて泣くのです。


お侍さんは追い返したものの、子供はかわいそうに思えて、
家の中に入れてやりました。

「この子は性質の悪い子ではない、お腹を空かせて、
飢えているだけだから、
抱きしめておやつをあげればよい子になる」

と思ったところで目が覚めました。


翌日、妹を連れて護摩祈願に出掛けると、
法要の終わった後に師匠が背後に回ってきて、

「ノウマクサンマンダ・・」

と唱え出しました。

今日は何か憑けてきてしまったのかな、
と思いながら、

その夢の内容を思い出したのです。





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京都


得度式の翌日の晩には、こんな夢を見ました。


結婚前に付き合っていた彼とその家族、その友人たちと、
彼の家に集まって時を過ごしていました。

ふと、着ている服のポケットに手を入れると、
『京都行』と書かれた切符が入っていました。

「大変、もうこうしてはいられない、
新幹線に乗り遅れちゃう!」

と慌てて立ち上がった私は彼の家を飛び出し、
駅に向かって猛ダッシュで走り出しました。


彼の家にいたはずなのに、飛び出したのは実家で、
本家の畑をぐるりとまわり、

夜明けの道を息もつかずに走り抜けました。


道の途中に、中学時代の古い友人が歩いていました。

どこに行くのかと尋ねられたので、

「京都に行って乗り換えないと、家に帰れないの」

と答えました。


昔の彼と昔の友人、
それから彼の友達みんなが走って追いかけてきましたが、

私のスピードには誰一人追いつくことはなく、

間一髪のタイミングで、
私は新幹線に飛び乗りました。


列車に乗ると、
お坊さんの集団がどの車両にも満席状態で座っていました。

ずらりと並ぶ坊主頭を見ながら、

「今日はお坊さんの団体旅行なのかしら」

と思いつつ、
どんどん前の車両に移動して空席を探すと、

一番前の車両に私の席が用意されていました。


「ああ、間に合った」

と息をつき席に座り、窓の外に目をやると、

昔の彼やその友人たちが、
みんなで私に手を振っていました。


「じゃあね、元気でね!」

「ああ、元気でな!」

と、元気いっぱい笑顔いっぱいに別れの挨拶を交わすと、
京都行の新幹線は走りだしました。


みんなは間に合わなかったんだな、
私だけが一人で、
このお坊さんたちと京都へ行くのだと思いながら、

心は軽く、とてもわくわくしていました。


そういえば、私、名前が変わったんだっけ。

りゅう・・・りゅう・・・りゅう、なんとか。


大切なことを思い出しかけて、
思い出しきることはできませんでした。


そうだ、それに、
お腹に赤ちゃんがいたのではなかったかな?

と、妊娠していたことを思い出し、
お腹に手を当てたところで、目が覚めたのです。



夢に出てきたのは、わだかまりいっぱいに、
自分の中では別れきることのできなかった、
高校時代の同級生でした。

中学時代の友人もまた同じで、

二人は私の中で長い間、
両親の象徴でもあったのです。


「やっと綺麗に別れられた」


と思いました。


得度式を挙げた、

ただそれだけの変化だったのに、

自覚できていないだけで、私は大きく変わったのです。


娘にこの夢の話をすると、

「真言宗の本山が京都にあるからね。
得度して、霊的にご縁が結ばれたんじゃないの?」

と言われ、

やはり自分の知らない場所で、
何かが動き出したのだろうと思ったのです。






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リセット



得度式の翌日は、朝から重い頭痛に悩まされ、

前日のさわやかな感覚が全くの嘘のように、

体の痛みで目が覚めました。


起きてもすぐに眠くなり、頭も体の全身も重く、

布団から起き上がることさえできなかったのです。


妹からの電話で、転寝していた自分に気づき、

ハッとして目を覚ますと、

「昨日のさわやかな感じが一気になくなって、眠くて頭が重いの。
むしろ頭痛に変わってきたんだけど、そっちはどう?」

という妹の重い声が、
受話器の向こうから聞こえてきました。

「私も。頭痛いよう」

と返事をすると、

「いきなり高くなった霊性に、体がついて行けないのかもね。
姉妹だから私にも同じ影響があるのかも」

と妹が答えました。


それでも、不思議な安心感と、
全てがリセットできたのだというさわやかな感覚だけは残っていました。

『リセット』

それが一番、今の自分を表すのに、
ぴったりと来る表現でした。


自分を試すために、
これまで抱えてきた恨み言を思い返してみたのですが、

遠い昔のことのような、
前世での出来事のような感じにしか思い出すことができず、

今までのようにその妄想に入り込み、

「畜生、あいつ、絶対に許さない」

という気持ちにはなれないのです。


それならばと、自宅の隣人のことを思い出し、

今日も隣家にリアルに生活をしている人のことならどうだろうと、

実験的に思い描いてみたのですが、

それさえも、遠いのです。


悪口を言われたことを思い出しても思い出しても、

それがまるで、昔観た映画のような、

むしろ古い映画のモノクロの画像のようにしか思い出せず、

やはり、

「ちくしょう、あいつ」

という今までのような感じには、
どうしてもチャンネルが合わないのでした。


得度式の最中に、参列していた人みんなの感想で、

「途中、異次元に入った感じがして、
住職の声が宇宙の音をおろしているような不思議な感じになった」

という意見が多数ありました。

参列していた妹も、

「瑠史さんが黒衣を着た時ぐらいに、
ああ、遠くへ行くんだなっていう感じがしたの。
異次元に入っていく感じがして、
住職の声が仏様の声と重なったんだよ」

と言いました。

私自身も、黒衣を身に着けたあたりから、
師匠の声が遠い天の国から聴こえてくる歌のように思えて、

不思議な国に入国したかのような、

人が死ぬ時に体から魂の離れる瞬間を疑似体験したかのような、

全く不思議な感覚に包まれたのです。


得度式って、なんなんだ??


翌日の私の感想は、それだけでした。

思い頭と体を引きずりながら、
それでもさわやかな感覚だけはしっかりと残り、

ふんわりとした幸福感に包まれて、

慣れ親しんだ地獄に戻ることはもう、

できなくなっていたのです。





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浄瑠璃世界


浄瑠璃世界に住む薬師如来のように、

かんのんいんにやってくる人の心を癒し、治していく、

というお役目を果たせるようにとの意味合いを込めて、

『瑠史』という法名をつけて頂きました。


その話を聞いて、

得度式の前日に見た夢の内容を思い出しました。


髪の色が瑠璃色の観音様が、
お寺の薬師堂の床から生えて出てきて、

私の指先から出続ける黒い煤を見て、

「それはあなたの病気なのだから、全部出してしまいなさい」

と言ったのです。


瑠史の『瑠』は、

お釈迦様の螺髪の色、
悟りの色も表しているのだと師匠が言いました。

そして薬師如来は病気を治す仏様なので、

私はやはり人様の病気を治していく仕事を与えられたのだと思いました。


そのためにはまず、『病気』そのものを私自身が理解をして、

自分自身の病気を治すことができなければ、

他人様の病気は治せないと思いました。


いつか、霊能者に霊視をしてもらった日に、

私がいつか、ヒーリングで他人の病を治せるようになる日がやって来ると言われ、

「できるようになっても他人を治さなくていいと、
あなたの守護霊が言っている」

と予言されたことがありました。

それをそのままお寺で話すと、師匠には、

「でも、観音様の喜ぶような方法でなら、他人を治しても良いと思います」

と言われ、

どちらにしても自分にそのような能力があるとは思えず、
それはそのまま忘れていたのです。


そして今回、師匠は、

「人の心を治していくことができるように」

という意味で、瑠史という名前を授けてくれたのだと言いました。


病は気から、というように、

病気の原因を掘り下げていくと、
心の苦しみが、誰もに必ず存在するのです。


尼としての修業を進めていきながら、

自分自身の心の傷を直視していこう、と思いました。

心の闇は見切ったので、

仏様に守られながら今度は光の中で、

まずは自分の心を癒していこう、と思いました。


そうしてまっすぐな、素直な心を取り戻したときに、

自分の病気は治るのだと、確信を持ったのです。




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十善戒



得度式の最中に、『十善戒』の誓いを立てることになりました。


これまでは「守った方が良いですよ」というだけの十善戒でしたが、

黒衣を身につけて糞掃衣を身にまとったからには、
守らなければならない十項目の『誓い』と変わったのです。


『これより仏様の教えを実行し、
身と口と心を正しく生活してゆく十ヶ条』

と書かれた用紙には、


不殺生戒 生き物の命を大切にします

不偸盗戒 物を盗んだりいたしません

不邪淫戒 邪淫を慎みます

不妄語戒 嘘をつきません

不綺語戒 心にもないことを言いません

不悪口戒 悪口を言いません

不両舌戒 二枚舌を使いません

不慳貪戒 欲張りません

不瞋恚戒 貪りの心を起しません

不邪見戒 正しい考え方をいたします


と、記してありました。



この8年間、何度も何度も読んだお経の内の十善戒を、
いよいよ実践として誓う日がやってきたのです。

この十項目が守られないと、
それが悪業となって自分の身にそのまま返ってくることを、

嫌というほど学んだ私には、

確かに十善戒の大切さをしっかりと理解できていました。


式が終わり、お祝い会の会場へと向かう車の中で、
お寺で修行をしているお弟子さんに、

「今日からはうちのお寺の瑠史さんになったのですから、
これからは発言に気を付けて生活していってください。
得度をすると発言が力を持ちますから、気を付けてほしいと思います」

と言われました。


余程気を付けなければ、
私には喋りすぎてしまう癖があるのです。

特に、口の四悪に気を付けなければ、

嘘をつき、心にもないことを言い、
悪口を言った上に二枚舌を使うことなど朝飯前、

という悪い癖があるのです。


「しかし、今更後戻りはできない」

と、覚悟を決めました。


下ネタをべらべらと喋り、
笑いをとることはもうやめなければならないのだろうか、

などと思いめぐらしながら会場へ向かうと、

食事の席で隣りあわせに座った師匠が、


「今、霊的にもとても善い場所へ入りましたから、
だんだんできるようになりますよ」

と声をかけて微笑んでくれました。


確かに、今までに感じたことのない『安心感』を得て、

地獄から極楽へと移動をしたらこんな感じなのだろうかというような、

何とも言えない不思議な温かさを感じていたのです。


十善戒の誓いを守らなければならなくなった、
というプレッシャー以上に、

仏様に守られる場所へ入ることができたという安堵の気持ちの方が大きく、

あまり気負わずにゆっくりと進んで行こうと、思い直したのです。






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臨終



得度式の日はとてもよく晴れた、
暖かな朝に始まりました。

「緊張しているでしょう」

と誰もに言われていたのですが、
緊張しているのかどうか、
それさえもわからないままお寺に到着をしました。


「本日はおめでとうございます」

とみんなに声をかけられても、
不思議な気持ちがするばかりでした。


「では白衣に着替えて本堂に来てください」

と言われ、前日に自分で仕付け糸を外した新品の白衣に身を包み、
真新しい足袋と草履を履いて、身支度を整えました。

白衣に身を包むと、突然『緊張』が襲い始めました。

なにやら、これから死ぬような生まれるような、
厳かな気持ちになったのです。


これまでに見たこともない『得度式』というものに、
予行演習なしに、いきなり本番で挑む上、私が主役なのです。

参列者のみなさんに囲まれて、

自分が今から何をされるのか全く分かっていない私は、
言われるがままに、赤ん坊のようにそこに座っているだけでした。


「情報がいっぺんに入ってきますから、身構えない方がたくさん入っていいんですよ」

と、住職に言われていたことを思い出し、

阿呆のように座っているだけの方が良いのだろうと、
開き直りました。


白衣姿の私に、住職が天女のような声で次々とお経を詠み、
私は聖水で清められ、髪を切られました。

前半が終わると、白衣の上から黒衣を着せられ、
オレンジ色の糞掃衣を身にまといました。

自分の恰好を見て、

「坊さんかよっ!」

などというツッコミを入れる余裕もなく、
頭の中はどんどん真っ白になっていきました。


参列者の皆さんの方から、啜り泣きが聞こえ始めました。

これまでのブログを全部読んでくれている方たちばかりだったので、

私のこれまでの苦労を思い返し、
泣いてくれているのだろうかと思いましたが、

私自身にはその余裕はありませんでした。


ただ、自分が解放されていく感覚だけが、
はっきりと湧き上がりました。

それはとても不思議な、思いもよらない感覚でした。


住職の声がとても遠くから、
いよいよ本当の天女様の歌のように聴こえ出し、

これまでの人生が走馬灯のように思い巡りましたが、

「なんと満たされた、愛に満ちた人生だっただろう」

としか思えなかったのです。


昨日まで、あんなに恨みに満ちたこれまでの『記憶』だったのに、

今日の日を迎えるためにはどれひとつ、
どの一日がなくてもここまでは来れなかったのだと、

感謝の気持ちが泉のように滾々と、湧き上がったのです。


それは本当に、思いもよらない感覚でした。


式の最中に、私は『臨終』を迎えたのです。


そうして私は、

これまで生きてきた人生に終止符を打ち、


『瑠史(りゅうし)』


という新しい法名をつけて頂き、

生まれ変わることとなったのです。






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ラブレター


得度式の二日前は、娘の二十歳の誕生日でした。


『お母さんへ』と書いた手紙には、

「20年、育ててくれてありがとう」

と書かれていました。


「お母さんが好き、
好き好き大好きだよ」


と書いてあり、

この子は私のできなかったことのできる大人になったのだと、
その気持ちを有り難く受け止めました。


私が二十歳だった時には、
母との関係から逃げ出すために、

母に背を向けて家出をしたのです。

私が独りよがりに思い込み、
ラブレターを書きたかった相手は、

どの男性でもなく、本当は母だったのです。


娘の二十歳の誕生日にそれを確認し、

その二日後に、私は出家の日を迎えることになりました。


今度は『家出』ではなく『出家』なのです。


得度式の三日前から、
意味深な夢をいくつも見ました。


自宅に、従弟たちや伯父や伯母、
親戚が正装をして続々と集まってくる夢を見ました。

みんな手に花束を持っていて、

「おめでとう」と私に言うのです。

テーブルの上はいつの間にか、花とご馳走でうまっていて、
嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、
それを受け取る夢でした。


また、本家の伯母と二人で、
本家に向かって並んで歩く夢を見ました。

「あたしたちがいなくなったら、色々とお願いしたいことがあるから、
今のうちに色々覚えてほしいんだけど」

と伯母に言われ、

「伯母さんわかったよ、みんな引き受けるから大丈夫」

と伯母に誓う夢でした。


そしていよいよ得度式の前日には、
こんな夢を見たのです。


お寺の薬師堂で、指先から立ち上る、
真っ黒な『煤』のようなものを眺めていました。

10本の指の全部の指先から、
黒い煤がいつまでも立ち上っているのです。

すると、髪が青色で、着物が赤と黄色と緑色という、
派手な姿をした観音様が床から生えて出てきて、

「それはあなたの病気だから、全部出してしまいなさい」

と言うのです。

「病気、これが病気の正体なのですね」

と答えた私に、

「そう。得度した後の心配はあまりしなくていいよ。
写経したり読経をしたりして、あなたがどう良くなっていったのかを、
人に話していくだけでいいから」

と観音様はさらに言って、
そこで夢から醒めました。


自分の掌を見ると、煤ではないけれど、
『虫』がたくさんまとわりついていたのです。

いつか、亡くなった副住職に『虫出し』をしてもらってから、
今でも時々『邪気』が糸のようになって指先から生えてくるのですが、

その朝は、手の甲にも指の周りにも、
たくさんの『邪気』が絡み付いていました。


お寺でそれを話すと、

「観音様が虫出しに来てくれたのですね」

と住職に言われ、

見えない場所での出家の準備が、
着々と進んでいるのだと思ったのです。




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マリッジブルー



電話の向こうで黙り込んでしまった住職から、
受話器を伝って、只々、優しい波動が流れてきました。

それは、私の求めている『母』の愛に似ていました。

また、私が話し出すのを待っているのを感じたので、


「住職が引っ越して、
私のサロンが立ち上がると昨日言って頂いたときに、
ついに一人で頑張っていかなければならない日が近づいているんだなって、
恐くなったんです」

と、涙をこらえて打ち明けました。


「なんでまたそうやってすぐに、
一人になりたがるんですか、
絶対に一人にはさせませんよ。
引っ越すと決まったわけではないんです。
私は私のお寺で、なみこさんはかんのんいんで、
それぞれの場所で人に尽くしていく未来というのは、
つまりはみんなでやっていく、ということなんですよ」

住職は言いました。

「一人になんか、させません。
私もかんのんいんへ出かけていくし、引っ越すとしても、
そんなに遠くへは行きませんよ」

住職はさらに、
小さな子供に言い聞かせるように言いました。


一人にはさせない、そう言われて、
涙が出そうになるのをぐっとこらえました。

大人の私が、

「おまえいくつだよ、この人はおまえの母親じゃないんだぞ、
迷惑かけるな、泣くんじゃない」

と言って、泣くのを止めたのです。


引越しが決まったわけではないと何度も何度も、
子供に諭すように言い聞かされました。

これは、大人の私ではなく、
母親との別れでパニックになっている、
子供の私に言い聞かせているのだと、
冷静な私には判断出来ていて、

大人と子供、両方の私がじっと、
住職の話に耳を傾けたのです。


いつか子供の頃、
借家から新しい家へと引越しをする日に、
いつも一緒に遊んでいた4歳の男の子が、

「なみちゃん、引っ越すなら絶交だ、
二度と一緒に遊ばない」

と言いに来たことがありました。

5歳だった私は、突然そのように言われてショックを受け、
なにか怒らせるようなことをしたのかなと、
引っ越した後にもしばらく、ショックを引きずったのです。


「私の中に、あの男の子がいるのだ。私は5歳で時が止まっているのだ」

と自覚しました。

それから、

自分がどんなに住職に惚れ込んで、
そして愛しているのかを思い知らされました。

住職に思い入れて執着して、
彼女を母親と間違えている自分がいるのです。


そして普段はそっけなく、
愛していないふりをしているからこうなるのです。


「どうせ捨てられる」

「どうせ嫌われている」

「どうせ他人」

そして私は、孤独。


そういった思いで防御をし、仮面をつけ、
いざ別れが来た時のために備えていただけであって、

本当は、死ぬほど好きだったのです。


「得度前の、マリッジブルーのような気分もあるんですよ。
私も得度前はそうでした。白衣のしつけが終わってお寺へ届いたら、
サイズ合わせに来てくださいね」

住職がやさしく言いました。

「はい、マリッジブルーに付け足して、
妊娠中なのでマタニティーブルーも混ざっておセンチになりやすいんです」

と答えて笑った私でしたが、

電話を切った後、

わんわん泣きながら運転をして、

涙鼻水を大量に流しまくりながら、家へ帰ったのです。






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平成雨月物語



住職から電話がかかってきたのは、
お寺へ出かけた翌日の午後、

妊婦健診の帰り道の車の中でした。


前日にお寺へ出かけたばかりだったので、一体何の用事だろうと、
コンビニの駐車場に車を停めて電話に出ると、

「ちょっと、気になってお電話しました」

と言うのです。


気になって、という理由で電話のかかってくるときは、

深夜にかんのんいんを覗いている霊が視えたからだとか、
一晩中私の耳元で囁いている生霊が視えたとか、
いつもそういう理由だったので、

「・・・なんでしょうか?!」

と身構えて応えると、


「そうではないんです、そうではなくて・・
なみこさん、なんですよ」

と言われました。


もっと嫌な予感がして、

「私・・・?私が何か・・?」

と尋ね返すと、


「いや、夕べなみこさんの念が・・私のところへ飛んできて。
心配になって電話したんです。
どうしましたか?大丈夫ですか?」

とはっきりと聞かれてしまったのです。


すぐにビジョンが浮かびました。

住職の眠っている枕元へ私の生霊が現れて、


「私を捨てるんですか?
私を置いてどこへ行ってしまうのですか?
・・・うらめしや・・・」

と、さめざめと泣く自分のビジョンが視えたのです。


「ひええ、そ、それは、
変なものを飛ばしてしまって本当に申し訳ないです、
すみません、直ちに回収しますっ!!」

私は慌てて住職に謝り、
雨月物語かよ、

と自分にツッコミを入れました。


しかし住職は、

「それはいいんですよ。それよりも、大丈夫なんですか?
心配になって電話を掛けただけなんです」

と言い、私が生霊を飛ばした理由を、
慈悲を持って尋ねてくれたのです。


そんな理由、口が裂けても言いたくないと瞬時に思いました。
それでとぼけて、

「自覚できていないので、わからないです」

と答えました。

「自分の飛ばしたものを自覚できる人はいないと思います」

と答えた住職でしたが、
私なら自覚できているのだろうと思って、
電話をかけてきてくれたのです。

住職が電話の向こうで、
私が口を割るのを待っているのが伝わってきました。
住職は黙って、私の話し出すのを待っているのです。


観念した私は、

「すみません。住職が、引っ越すかもしれないといったからです」

と答えました。


私は、『寂しがっている自分』を、
他人に知られたくないのです。

だから別れなんて平気のへっちゃら、
平気の平左だと自分でも思っていたいし、
まして、他人からはクールで強い人だと信じていてほしいのです。

前日に住職から引越しの話を聞いたとき、

「こんな可愛そうなこと話したくはなかった」

と言われるたびに、

心の中を見透かされているようで落ち着きがなくなり、

だからこそ、「わかりました」とあっさりと引き下がったのです。


でも、抑圧されたほうの私は行き場を失い、

生霊となって真夜中に、
住職の枕元に立ってしまったのです。


素直に、その理由を話した私に向かって住職は、

「引っ越すと、決まったわけではないんですよ。
だから今、言いたくなかったんです、ごめんなさい」

と電話の向こうで私に謝り、

また、何も言わず黙り込んでしまったのです。








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最後のお試し



昨年の秋、得度の為のお布施を納める時に、
私は住職に、

「もしも私が得度するときになって、
このお寺が引っ越しますと言われても、
得度する覚悟ができたのでお金を持ってきました。
もしも住職が目の前から消えてしまっても、
得度する決意ができています」

と言って、50万円を支払ったのです。

あのとき住職は、

「私が引っ越すことになったら、
なみこさんも一緒に引っ越して来ればいいですよ」

と笑っていました。


それが、本当になるとは、
正直思っていなかったのです。


「あの時、
なみこさんは直感でこのことをわかっていたみたいだったので、
やはり今発表することにしたのです。
引っ越すことになるかどうかは分かりませんが、得度した後、
必ずしもこのお寺で修行を続けられることになるかどうか、
わからない状況になりました。
どうしますか?得度、やめますか?」

住職は真面目に私に問いかけました。

「やめません」

私は間髪入れずに答えました。

そう決めてあったから、
ここまで準備を進めたのです。


必要な人が必要な期間だけ、必要な時にを与えられる、
それが人生なのだと、常にどこかでわかっているのです。

もしも住職と二度と会えないようなことになったとしても、

それはもう、彼女が私に必要ではなくなった、
ということなのだと思ったのです。

そしてまた、これが出家を決めた私に向かっての、
天からの最後の『お試し』なのだと思いました。


「それでも得度するのかどうか、
天から試されているのだと思います。
おまえは一体誰のために出家するのかと、
天が私に最後の問いかけをしているんですね。
私のファイナルアンサーは、それでも変わりません」


私はさらに住職に言いました。


「なみこさんならきっとそう捉えるだろうと思ったので、
私も今言うことに決めたんです。
得度式が決まって、
こんなかわいそうな発表をしたくはなかったのですが。
でもそうと決まったわけではないし、
私もかんのんいんへ出かけていくつもりでいるので、
あまり心配しないでください」

と住職は話を続けました。

「私の人生もあと20年か30年です。
自分のやりたいことをやらないと、
やはり後悔すると思ったんですね。
新しいエネルギーでまわるお寺を建てて、
新しい世の中に変わっていくための姿を、
そこで人に見せていきたいんです。わかってください」

と住職は言ったのです。


得度したら、放置されるのか、
放置プレイかよ、

とツッコミを入れたくなる自分を抑え、

「わかりました」

とあっさりと答えました。


「それでも、すぐにという訳ではないんです。
あと一年か二年後に実行されると思います。
その時にはかんのんいんのサロンも立ち上がっていますから、
お互いがそれぞれの場所で、
仕事を始めていくことになりますよ」

と住職は笑いました。

「かんのんいんも、客層がガラリと変わると思います。
赤ちゃん連れのクライアントさんが中心に増えますね。
そしてもっと、切実な悩み事を抱えたお母さんたちに、
なみこさんはホメオパシーを伝えていったりする役割になると思います。
サロンは、自宅でないどこか、
明るくて広い場所に立ち上がるみたいですね。
その頃、私の新しいお寺も出来上がる感じでしょうか。
楽しみですね」

住職は、私の未来を読んで教えてくれました。

そんなに楽しそうな未来のビジョンだったのに、
住職の言ったことでそうならなかったことなど一度もなかったのに、
私の大好きな『霊視』をしてくれたのに、


そのときはもう、なぜか私の心は遠くを彷徨い、
住職の話を阿呆のような顔で聞き流し、

「ああ、そうですか」

と生返事をして、家に帰ったのです。





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賢者


ホメオパシー相談会の数日後には、
仏画の会でお寺へ出かけました。


ちょうど花祭り期間中で、
住職の描いた仏画展が開かれていました。


『心穏やかで怨みなく 恐怖のない人を賢者という』


という言葉と、仏様の描かれた色紙が目に留まり、
それを購入しました。


それをきっかけに、
その日は参加したメンバーと一緒に、

『怨み』について話し合うこととなりました。


「怨みって、なんだと思いますか?」

と住職が、私たちに問いかけました。

「怒りや憎しみのことでしょうか?」

とメンバーの一人が言いました。


「怒りや憎しみは、その時だけのものであって、
怨みとは違うと思いますね」

と住職が言いました。


「怒りや憎しみの対象となった人物に、
長い長い間執着をして、
そのこと自体を赦した後にも引きずって、
そいつが笑っていようが自分に親切にしようが、
いつまでも呪ってやるのが怨みだと思います。
もはや最初の理由がなんだったのか、
自分も相手も忘れてしまった後にまで、
しつこくしつこく蓄積された古い念が、怨みです」

と私が言うと、

「それは『なみこワールド』なのではないですか?恐いですね!」

と言って、住職はのけぞって爆笑しました。


「怨みから解放されるためにはどうしたらいいのでしょうか?」

私は住職に問いかけました。


賢者になるためには、心穏やかで怨みなく、
恐怖のない人間になればよいのだと言われても、

できないからみんな苦しんでいるのです。


「相手の善いところを探すことです。
悪いところはいくつでも出てきますが、
善いところも、探せば必ず出てくるんです。
悪いところだって、たくさんあるように見えても案外、
その人の同じ欠点を何回も言っているだけであって、
紙に書いてみたらそんなにたくさんはなかったりするものですよ。
それが『怨み』から脱出できて、
本人が楽になる方法です」

と住職が答えました。


要するに、相手の闇の方ではなく、
光の方を見ることなのだと思いました。

それは、自分の闇を見るのではなく、
まさに自灯明の確認作業を始めることにも繋がる訓練なのだと思いました。


仏画の会が終わると、
住職が私の草履を持ってきて、

「履いてみてください」

と言いました。

黒衣や白衣、作務衣の発注は済んでいて、
草履のサイズの確認なのだと言うのです。

草履に足を入れて、

「私、本当に得度するんですね、草履で感動してしまいました」

と言うと住職は笑って、

「今言うのはかわいそうだと思ったのですが、
言わなければならないことがあるのです」

と言いました。


嫌な予感がしました。

とても賢者にはなれないと思うほどの、
恐怖が私の中を走りました。


住職は、お寺を引っ越すことになるかもしれないのだと言いました。


「このタイミングでこんな話になるとは思わなかったのですが、
原発事故の後、ずっと考えていたのです。
このお寺の敷地内に建てるか、
引っ越すことになるかはまだ決まっていないのですが、
新しいエネルギーのお寺を建てて、
これからは原発に頼らずに生きていきたいと思うのです」

と言いました。


そして、

「得度やめますか?」

と、私に言ったのです。






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家路


娘への依存を断ち切り、
母や夫に自分をさらけ出さなければならない、

そうしなければ得度が『逃げ』になってしまうと言われた晩、
こんな夢を見ました。


私は夫の車を運転しながら道を走っていて、
娘はなぜか、バイクに乗ってずっと先を走っているのです。

娘の姿が見えないことでふいに不安になり、
車の中から携帯電話で娘に電話をかけました。

「ねえ、今どこを走っているの?
私たちは、どこか遠くへ向かっているんだっけ?
それとも、家に向かって走っているんだっけ?」


夢の中で私からの電話に出た娘は、

「バイクだから車よりも早いの、
お母さんから見えなくても、
ちゃんと前を走っているよ。
私たちは、家に帰る道を走っているんだよ」

と優しく言いました。

なんだ、ちゃんといるのか、
家に向かっているのかと安心をした私は、

そこで目を覚ましました。



目を覚ますと、
隣に並べて敷いた布団に、娘が眠っていました。


「娘さんを解放してあげて」


ホメオパシーの先生に言われた一言を思い出しました。


私がしがみついている限り、
娘は大人になれないのです。


それは、祖母から自立のできないまま大人になり、
その支配下から解放されないまま、
母親を亡くして精神を病んでしまった、

私の母と同じ道をたどる結末となってしまうのです。


そして私も、母との心の距離を遠く離したまま、
母と親密になれないまま進んでしまっては、
やはり同じになってしまうのです。

母と同じ道をたどったまま出家をしても、
やりたくない宿題を放り出したまま、

自分の人生から逃げ出すためだけの出家となってしまうのです。


夢の中で、娘はもう私の車の助手席には乗っていませんでした。


「お母さんから見えない場所にいても、
ちゃんと前を走っているよ。
家に向かって走っているんだよ」

と娘は言ったのです。


『自灯明』という言葉が、頭に浮かびました。


他人に心を閉ざして、
孤独なまま『灯明』を灯すことなどできないのです。

他人は自分を傷つける存在と思い込み、
だから誰にも頼らずに『自灯明』で生きていこうというのは、

間違っていたのです。


いついかなる時にも、自らを灯りとし、

他人も自分も照らす存在になるためには、


自分自身を覆ってしまった殻を破り、

外の世界へ、

大きく踏み出す勇気が必要なのです。







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高い場所


「得度が『逃げ』になっちゃうよ」

と先生に言われ、

誰も言えない、
本当の愛情の詰まった厳しいひと言を投げつけられたと思いました。


「ご住職だって、
そういうつもりでなみこさんに得度させたいわけではないでしょう」

さらに先生は釘を刺しました。


娘に甘えてはいけない、そうも言われて、
母からのメールを読んだ後の顛末を、
私は先生に話したのです。


「娘に甘えてはいけないということはよくわかっているのです。
深夜に母からメールが来て動揺した後、
30分程は母への怒りと恨みの気持ちでいっぱいになって、
悔しくて泣いたんです。
メールの内容そのものが誤解だったし、
母が私を信じてくれないという憤りでいっぱいになったし、
理不尽な理由で一方的に、
寝ているところを起されたことにも腹が立って。
でも怒りが治まると今度は、悲しくなったんです。
どうして私は母からこういう扱いを受けるのかな、
どうして私は、母から憎まれているのかなと、
一番愛されたい人から憎まれ続けることが悲しくなって。
でも泣くと娘がすぐに目を覚まして心配するから、
布団にもぐって声を押し殺して泣いたんです。」

母からのメールを読んだ後、
怒りの気持ちで眠れなくなった私は、
どっぷりと妄想の世界に浸り、

次にあふれてきた自己憐憫の想いに駆られ、
声を出さないようにして泣いたのです。


「すると、敏感に目を覚ました娘が、
『なに泣いてるの?!』と驚いて、
私の布団に入ってきて、私を抱いて『よしよし、泣かないのよ』と頭を優しくなでてくれたんです。
『怖い夢見たの?』と言って、
私が泣き止むまで抱いてくれたんです。
甘えてはいけないとわかっていても、
私に優しくしてくれる人が私の人生に初めて現れた、
それが私の娘だったんです。
これをやめなきゃいけないんですよね。できるかな・・」

恥ずかしさを隠しもせず、
私は娘に甘えてしまったことを先生に告白しました。


「やめられるわよ。お母さんの愛情を受け入れるの。
旦那さんの愛情を受け入れるの。
妹さんの前で子供になるの。
みんなの『お母さん』『お姉さん』をやめて、
娘さんの前で安心してさらけ出している自分を、
みんなの前でさらけ出すのよ。
なみこさんになら絶対にできる」

先生は強く言い放ち、微笑みました。


「できるような気もするんです。
でもできない気がしてしまうのは、
私を絶対に受け入れてくれて、
私を決して攻撃しないとわかっているからこそ安心して娘にさらけ出しているその自分を、
母や夫は拒絶するのではないかと思うからです。」

私は不安になって訴えました。

私がこっそり泣いているのを見て、
母が抱きしめてくれたことなど一度もないのです。


「うるさい、泣くな、泣くなら外へ行って泣け!」

「なんて陰湿な嫌な子供なんだろう、イライラする、
子供なんて産まなければよかった」


そう言われて傷ついて、母の前では決して泣かない子供になり、
私は他人に涙も弱みも絶対に見せないように、
誰も信じないことで、安全に生きてきたのです。


「大丈夫、今のなみこさんにはもう、
誰もそんなことは言えないから。
誰もなみこさんを傷つけません。
だから安心して、みんなに弱さを見せてください」


先生は、私の不安をかき消すように、
さらに強く言いました。


「それにもうすぐ得度もするし、
なみこさんはこの人生で一番高い場所まで上り詰めるわよ。
大丈夫、今いるこの場所からずっと明るい場所へ勢いよく駆け上がっていくから。
一気に見晴らしの良い場所まで必ず上がりますから、安心して、
今はおなかの赤ちゃんを優先に、
リラックスして妊婦生活を楽しんでください」

と最後に言って微笑んでくれた先生に励まされ、


次回は6月の予約を入れて、

個人セッションを終えたのです。






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逃げ

4月に入り、ホメオパシー相談会の日がやってきました。

「前回は2月の終わりに来たんですね、どんなひと月半でしたか?」

先生の明るい笑顔に出迎えられて、
私は堰を切ったように話し出しました。


「2月3月は悪夢のような日々でした。本当に辛かった。
人生の中で一番辛いのではないかと思うほど、しんどい月日でした」

と言うと、

「そうね、得度前のカルマの清算も大変だったようですしね」

と先生は答えました。


どんなに辛くてもひどくても、それは間違いなく、
全て自分で作り上げたカルマなのです。


ホメオパシー相談会の前夜、
深夜の3時半に母から呪いのメールが届きました。

それは私への攻撃のメールで、
メールの着信音でうっかり目を覚ましてしまった私は、
嫌な予感に駆られつつも、
読んではいけないそのメールを開いてしまったのです。


「深夜の3時半ですよ、先生。
私は悔しくて空しくて、真っ暗な部屋の中で、
母への怒りに満ち満ちてしまって、
そのまま眠ることもできなくなってしまったんです」

ホメオパシー相談会に通い始めて、
8年が経った今、

未だに母のことを苦しみとして、
先生に相談しなければならないという未熟な自分にうんざりしながらも、私は愚痴と涙をこぼしました。

「母から深夜の3時半に攻撃のメールが来ても、
動じない自分になりたい。
8年もここに通っているのに、
まだこんなことを先生に訴えている自分が恥ずかしい。
でも母からの攻撃は、結局一生続くのかもしれない。
私はちっとも、孤独から抜けられないんです」

涙をこぼしながら先生にそう言うと、先生も泣いていました。

「お母さんからの攻撃は収まるわよ。
それはね、なみこさんがお母さんの愛情を受け入れたら、終わるのよ。
それがパラレルワールドの法則なの。」

先生はまっすぐに、私の目を見て言いました。

「愛情?深夜の3時半に攻撃してくるのが愛情なんですか?
目を覚ましてしまった私の気持ちも考えず、
お腹に子供のいることも配慮せず、
結局は自分の怒りとイライラを治めたいためだけに、
私に泥を塗るんです。
子供のころからずっとそうされてきた、
妹はされないのに私だけが未だに、
母の『足ふきマット』のままなんです。
愛されているなんて思えないのに、
どうやって受け入れればいいんでしょうか」


母の愛情を感じることのできないまま子供時代を過ごし、
そこにぽっかりと空いてしまった『孤独の穴』を埋められないまま私は大人になり、

もう一人子供を産み育てなければならないのです。

心に穴の空いたまま、
私はもう一度、自分の子供と向き合うことが恐いのです。

愛情を知らない大人が、
子供に愛情をかけて育てることができるのかどうか、

もう一度、一から母親になることが、
恐くて仕方がないのです。


「なみこさん、私はなみこさんのことが大好きですよ。
お寺のご住職だってなみこさんのことが大好き、
なみこさんを大好きな人のこと、
今ではたくさん顔が浮かぶのではないですか?
お母さんだってもしかしたら、
攻撃しようと思ってそのメールを送ってきたわけではないかもしれないし、
まさかなみこさんが3時半に起きていて、
今すぐにメールを読むとは思わなかったのかも。
攻撃だったのではなくて、
自分がなみこさんに愛されていないのではないかと怖くなって、
深夜にたった一人で、
恐怖から怒りが湧いてメールしてしまったのかもしれないよ?」

そう言って先生は笑い、

「お母さんとお父さん、妹さん、旦那さん、
苦手な人の前で自分をさらけ出して、
みんなに素直に甘えてください。
今は妊婦なんだから、一番わがまま言っていいのよ。
みんなの『お母さん』をやめないと。
そして、なほちゃんに甘えるのをやめてください。
なほちゃんに向けている『甘え』を、お母さんと旦那さんに向けないと、
得度が『逃げ』になっちゃうよ?」

先生は厳しく、私をまっすぐに見て言ったのです。






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新生活


護摩祈願の法要の後、
挨拶を済ませて帰ろうとした妹を住職が引き留めて、

「ほうじ茶のおすそわけです」

と言い、ビニール袋に入った大量のほうじ茶を分けてくれました。

「これでお裾分けって、元々はどれだけの量が入っていたんだろうね」

などと笑い、そのお土産を持って帰ってきたのです。


偶然出くわした本家の伯母に、妹がそのお茶をさらに半分分けて、

「お寺で頂いたお茶なんですけど」

と話しているところへ、

思いがけず、実家の隣家の伯母もやってきました。


車から降りてこちらへ歩いてくる伯母は、

夢の中に出てくる若き日の伯母とは違い、
私はやはり、妙に違和感を感じるのでした。


「すっかりご無沙汰しています」

と挨拶し、

「腕の手術をしたと聞きましたが、その後体調はいかがですか?」

と尋ねると、

「手術したのに痛みが治らないんだよ、
頭にきて医者に文句言ってやったの」

と、伯母はとても辛そうにしていました。


伯母の左腕が原因不明の痺れと痛みに襲われて、
とうとう今年の夏に手術を受けることになったと聞いたとき、

「私ははっきり言って、
どこかから送られてくる悪い念のせいで痛んでるのだと思う。
でもそれは自分がどこかに送って跳ね返ってきた念だから、
伯母さんが痛みから解放されるために、
そのことをいつかゆっくり教えてあげたいな」

と妹が言い、確かに私も同じことを思っていたのです。


余程、

「今日供養を済ませたから腕の痛みも和らいでいくと思いますよ」

と言いたい気持ちになったのですが、

言わずとも、お互いに感じているはずだと信じて、

「どうぞお大事にしてください」

とだけ言い、残りのお茶を隣家の伯母にも渡して、
二人の伯母と別れました。



妹と二人で車に乗り込むや否や、
私たちは「なんで、どうして」とざわめきました。

「供養を済ませたその帰り道に、伯母さん二人と会うなんて」

「偶然とは思えない」

「お不動さんのご加護というものに違いない」


などと言い合い、「とにかく、すごいね」と、
すっかり感心してしまったのです。


お彼岸からずっと、
夜になって眠るたびに、
本家へと引き込まれ続けていたのです。


「供養を済ませて、
私たちの間に阻んでいた悪い『念』が浄化されたから、
伯母さんたちとスムーズに会うことができたのかもしれない」

と妹が言い、

「私たち、というよりは、
私や伯母さんたちの後ろについている味方の霊たちが、
自由に動けるようになったのかも」

と私が言いました。

そもそも、お寺の帰りに実家へ寄るつもりはなかったのです。


妹の子供が突然、

「バアバんち、いく」

と言ったのでこういうことになったのです。

それに、本家の伯母に渡すお茶の袋が用意できずに車の中を探すと、
出産準備のために買い込んだベビー用品店の空き袋だけが偶然見つかり、

『ベビー』と大きく書かれたその袋に、お寺で頂いたお茶を入れ、
本家の伯母に渡すことになったのです。


妹の子供と私のお腹の赤ちゃんと、
見えない味方の霊たちと、お寺の仏様たちのご加護によって、

現実が良くなっていっているのだと、強く感じたのでした。


「守られて、導かれているね」

と妹と口々に言い合いながら、
新生活の為の、買い物を楽しんだのです。






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護摩祈願




護摩祈願の日は、引っ越してきたばかりの妹を連れて出かけました。

今月は運気がとても悪いけれど、4月に入ってしまえば良くなっていくからと、
お寺で言われていた通りの、辛い3月がようやく終わろうとしていました。


護摩祈願の法要が終わり、お茶の時間になって、

「先日お話していた、実家の階段のところに入れた方がいいという観音様のことですが」

と話を切り出すと、

「今日の供養でかなり良くなったと思うので、もう観音様は必要ないと思います」

とあっさりと返されました。


ということは、母の今回の『受信』は相当に重要なもので、
実家の隣家の伯父と伯母、従弟のところへ送られ続けてきていた『念』は、
本当に根深いものだったのだと確信しました。

母は、妄想に囚われて、意味のないことを口走っているわけではなかったのです。


護摩祈願の帰り道に、今年の春で二歳になる妹の娘が、

「バアバんち、いく?」

と、覚えたての言葉で私たちに言いました。

自宅へ戻るつもりでいたのですが、

「バアバんちに行きたいの?」

と妹が聞き返すと、
「はあい」と答え、可愛らしい小さな手を上げて、
にっこりと笑ったのです。


越してきたばかりで、買い物も色々したいという妹が、

「この子がいたら買い物も大変になるから、お母さんに預けて二人で買い物に行こうよ」

と提案したので、車を引換し、実家に向かいました。


実家に子供を預けて、キッチン用品など買い込みに出かけようと車を走らせた途端、

こちらへ向かって本家の伯母が自転車でやって来るのと出会いました。


車を停めて伯母に挨拶し、

「昨日妹が引っ越してきて、今から買い物に行くんです」

と説明すると、

「伯母ちゃんはほうれん草と小松菜を畑に取りに来たところだよ、
なみちゃんとまりちゃんにも分けてあげるから畑へおいで」

と呼んでもらえたので、また車を引き返して本家の畑へ向かいました。


本家の畑、それは夜な夜な見る夢に象徴的に現れる、
私にとってはなかなかに迫力のある因縁的な場所なのです。

「ここに、麻袋に入った死体を埋める夢を見たなあ。あの夢は怖かったなあ」

などと思い出しながらも、

「伯母さん、今月いよいよ出家得度することに決まりました。
本家のご先祖様の過去帳を作るように言われたので、得度してからまたお伺いしてもいいですか?」

と伯母に報告しました。


すると、本家の畑から突き抜けてよく見える実家のお隣に住む、
隣家の伯母が車に乗り込むのが見えました。

車に乗り込む伯母と目が合ったので会釈をすると、
隣家の伯母もこちらへ向かって車を走らせてきたのです。






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プロフィール

瑠史

Author:瑠史
十一面観音をお祀りして、自宅でかんのんいんを開いています。

第三子を妊娠中に出家得度して尼となり、OSHO禅タロットを使った個人セッションを受け付けています。過去から未来までを見通し、人生を変えたい方のお手伝いを致します。

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